1021年5月 閑話:サヨナラなんかは言わせない

「……ねぇ、火車丸くん、狐次郎くん。聞きたいことがあるんだけど」

初瀬、逢瀬、茜葎の三人が、思ってもみなかった再会に盛り上がっている最中、春野 鈴女は小声で男神達に話しかけた。
その面持ちはとても神妙である。

「天界でのあの一族の話、何か知ってる? 私、逢瀬くんをあの場所に送り届けてって言伝を受けただけで、理由とか全然知らないんだけど……」
「ああ、それなら俺も同じだ。あの人、あの一族絡みの事はとぼけて全然教えてくれねぇからよ」

火車丸がそう答えると、稲荷ノ狐次郎も呆れた顔で言葉を続けた。

「こっちも同じだ。ってか俺が居ない間に天界ここも随分と変わったよな。前まで無かった場所が色々と増えてるし、『太照天』も知らねぇうちに別人になってるし」
「え、狐次郎くん知らなかったんだ。『太照天』が代替わりしたの」
「ってか狐次郎。お前さ、何でずっと天界ここに居なかったんだよ」
「あー、それな」

稲荷ノ狐次郎は、ばつが悪そうな様子を見せる。

地上したにある稲荷大社に稲荷おれの一族が祀られてるのは知ってるか?」
「あー、ウチで言う所の『吉焼天』と同じ類いのヤツだな。地上したのヤツらが俺等が知らない内に神だ何だと祭り上げてるってヤツ」
「そうソレ。勝手にやってるとは言え、たまには様子を見てやろうかと思って行ってみたら、以前見に行った時とは随分と様相が違っていてな。人はいないし不気味だしと。一体何があったのかと調べていたら、知らない女に話しかけられたんだ」
「知らない女の人? その人って狐次郎くんの事が見えてたって事?」
「ああ。俺も同じ反応したら、突然ハリセンみたいなので殴られて、気付いたら封印されてた」
「……なんだよソレ、すっげぇ格好悪い話じゃねぇか」
「悪かったな」

火車丸の言葉に機嫌を損ねた稲荷ノ狐次郎がそっぽを向くが、春野 鈴女が何とか取りなして場を納めた。

「でもその女の人って何者なんだろうね。神力を持ってる狐次郎くんを、不意打ちとは言え何もさせずに封じちゃうなんて、人間には無理だと思うんだけど」
「まぁな。俺もその辺は謎に思っていたんだが、解放されて天界ここに戻ってきた後に、その女とは意外な場所で再会してな。……何食わぬ顔で『太照天』の地位に収まってたぜ」
「え? ……って事は、お前を封印したのって、あの人なのか?」
「ああ。あのカマトト顔を見た時は本当に驚いたぜ。けど、何であんな事をしたのか聞いても、のらりくらりとはぐらされてばかりで、結局何も教えちゃくれなかった」

やれやれ、という態度を稲荷ノ狐次郎は取る。
どうやら稲荷ノ狐次郎は「あの女」と相当数悶着したらしいが、全て見事に躱されてしまい、最近では彼女が鎮座している太照天守閣へ近寄らないようにしているらしい。

「……そっか、みんな何も知らないんだ。何でこんな事になっているのか」
「あの人、アレコレとこっちが想像しないような事を突発的にやり始める癖に、本当に何も言わねぇからさ。神々の中でもかなり頭にきてるヤツもいるみたいだぜ?」

火車丸が人差し指で自分のこめかみをこつこつ叩く。彼も稲荷ノ狐次郎と同じく、「あの人」から色々聞き出そうとして失敗している一人である。
交神という機会を得た、言い換えれば関係者である筈の火車丸達でさえ、情報は何一つ与えられる事が無い。
火車丸の言う通り、「あの人」のワンマン運営とも言える天界の状況を芳しくないと思う神々は多いのだ。

「どうやら今まで何人もあの人に楯突いた人達がいて、その度に粛正されちゃったって話だよ」
「へぇ。戻ってきた後、妙に姿を見ないヤツが増えたなって思っていたら、それもあの女絡みなのか」
「うん。……もしかして狐次郎くんが封じられたのも、あの人に何かやったからなのかな?」
「は? んな訳無いだろ。俺、あの女とはあの場が初見だぜ?」
「狐次郎が気付かないウチに何かやらかしてたのかもしれないぜ。ホント、あの人の考える事はてんて判んねぇからさ」

火車丸が頭を掻く。

神々が知見を出し合っていても実態が掴めないこの状況を、最近では傍観者に徹して楽しんでいる神々もいるらしい。
確かに今まで何も無かった、何も起きなかったこの天界せかいからすれば、目まぐるしい変化という物珍しい状態が続いているのだ。
退屈な日々に飽き飽きしていた神々には、丁度良い刺激なのだろう。
最高神に刃向かいさえしなければ特段不便は無いのだから。

「……ん? ああ、もしかしたらアイツなら何か知ってるかもしれねぇな」
「え、それって誰?」

突然、何かを思い付いた様相を見せた稲荷ノ狐次郎の言葉に春野 鈴女が勢いよく食いつく。
その反応を見て、稲荷ノ狐次郎はニヤリと笑いながら答えを出した。

「お地母ノ木実だよ。確かあの一族の話が初めて天界ここで広まった頃には、もう最初の交神は終わってたんだろ? もしかしたら俺等の知らない話を知ってるかもしれないぜ?」
「……言われてみたらそうだな。色々と噂は聞くけど、お地母ノ木実絡みの話題は殆ど聞かないか。って言うか最近はあまり姿を見ない気もするしな」
「そもそも、木実さんが選ばれた経緯も分からないもんね」

言われてみればそうなのだ。
神々に伝わっている交神関連の話は、二度目の交神である愛染院 明丸以降に起こった事ばかりである。
初めての交神……初代当主の交神に関しては、何一つ話題に上がらない。

三人が会話を止める。
すると、まるでそのタイミングを見計らったかのように、初瀬が火車丸の方へと近付いてきた。

「ねぇ父さま。三人で何話してたの?」
「ん? ただの雑談だ。中々揃わない組み合わせだからな」
「そっか。皆違う属性の神様だから、あまり会わないんだね」
「そういう訳じゃねぇんだけどな……各々担当が違うから、こういう時に情報交換してるんだよ」
「父さま凄いね! ちゃんとお仕事してるっ。家であすかくんと飲んでるだけじゃないんだ!」
「おい待て初瀬。お前俺の事何だと思ってるんだ、コラ」

初瀬の何気ない爆弾発言に火車丸は焦り、春野 鈴女と稲荷ノ狐次郎は思わず笑い出す。

「ハハハッ、まっ、そろそろ茜葎達を送り届けてやらないと、次のヤツと鉢合わせする羽目になるからな。行くか」
「そうだね。私の方でも何か判ったら二人にも教えるね」
「ああ俺も。……ってほら初瀬、もう行くぞ!」
「はーい、父さまっ」

初瀬は火車丸の腕にしがみつき、満面の笑顔を浮かべ甘えている。
その様子を少し離れた場所で見ていた茜葎と逢瀬は、やれやれといった苦笑いを浮かべていた。
未だ彼らには天界での不穏な動きは無関係で、ただただ呪いという名の宿命から解放された未来を明るく受け入れているだけだ。

しかし、ずっとこのままと言う訳ではきっと無いのであろう。
いずれこの一族にも、最高神の思惑が降りかかる時がやってくる筈だ。

それがこの一族を……家族を苦しめるような、哀しい出来事ではないようにと、今は祈るしかない。


ただひたすら「何にも判らない」って書いているだけなので、独立した閑話にはせずにこの形で収めました。
所々で神様達の小ネタを挟んでみたりと書いているプレイヤーはとても楽しかったです。

しかし「あの人」ですが、何か天界で放送コードでもあるんですかね?
まるで名前を出してはいけない例の人扱いですね。
例の人の該当作品には詳しくないのでそちらの方はよく判りませんが、ウチの方は多分揶揄ってるだけです。

とにもかくにも、無意識って怖いね……と言う話でした。