1022年2月 閑話:僕達の失敗・承

当主で在り続ける理由。


「あーあ、コレも駄目かー」

書庫に昴輝いぶきの情けない声が響く。

ここは高千穂邸内で指南書や術書等、さまざまな書物を保管している場所である。
他にも故人が自己啓発や趣味で所持していたと思われる書物等も収蔵されており、蔵書数は中々のものである。
その中から昴輝は高千穂家の年譜に関わる書物を引っ張り出し、書かれた文字と睨めっこをしていた。
探している内容は一つ。初代の痕跡である。

「でも、何でここまで徹底的に見つからないんだろう? 別に隠さないといけないような話じゃ無いと思うんだけどなぁ」

昴輝は不思議そうに呟いた。
初代の痕跡探しは、元々初代の行動から今の高千穂家の取るべき道への手がかりを得る、そこから始まった話だった。
しかしイツ花に聞いても何も教えて貰えず、ならば家の中に初代の持ち物が無いかと思って探してみても何一つ見つからない。
それどころか家族で撮る幻灯も、初代の分だけ存在していなかった。
幻灯屋の店主から「初代も撮っていた」と聞いているので、絶対にあるはずなのだが、何処を探しても見つからないのだ。
最後に思い付いたのが年譜だったのだが、昴輝が望むような情報は何一つ載っておらず、結局当てが外れてしまった。
万策尽きたとは正にこの事である。

年譜をパラパラとめくると、そこにはイツ花の字で討伐結果が綴られていた。
討伐に向かった先や戦果が簡単に書いてあるだけで、初代の名前位しか関連する情報は見当たらない。
さすがに昴輝でも初代の名前は既に知っている。何せ自分の名前にも「高千穂たかちほ 巡流 じゅんりゅう昴輝いぶき」と初代の名前が入っているのだから。

「初代って『じゅんりゅう』って結構イカツい名前だったんだよね。やっぱり名前通りにイカツい人だったのかな?」

もしかしたら、仏閣にあるような力士像や、豊年ムキムキ祭で練り歩いている筋肉隆々な男衆のような姿だったのだろうか?
……御所の近くに高千穂家初代当主を模した座神像があるが、それを見る限り随分と「ずんぐりむっくり」な容姿だったけれど、昴輝は敢えてそこには触れないことにした。

それはさておき。
昴輝が惰性で年譜を捲っていくと、徐々に違う人物の文字が増えていくのが目に映ってくる。
イツ花の次に年譜を纏めていた人はとても几帳面だったらしく、読みやすい字で随分と事細かく討伐の内容が記載されていた。
時々とても乱雑な字で追記されている部分があったりと、この頃は色んな人が年譜に手を入れていた様子が窺える。
雪衣ゆいに当主交代をした頃から雪衣の字をよく見るようになり、昴輝に代が移ってからは夏来なつきの字ばかりが並ぶようになっていった。
本来なら自分が年譜を書くべきだろうと昴輝自身も思っているのだが、気付くと夏来が既に記入し終えており、昴輝が入る隙間は全く無い状態が続いているのだ。

「ホント、オレって誰かに甘えてばかりで頼りない当主だよなぁ」

書庫に配置されている文机の上に、昴輝は手に持っていた年譜を置く。
そして、自分の右手人差し指にはめられた指輪を見た。
代々当主に伝わる当主の指輪がそこにあるのが昴輝には未だにしっくりと来ない。
先代当主の雪衣が身に付けていた時は、あんなに格好良く見えていたのに。

「こんな状態じゃ、お涼さんにまた怒られちゃいそうだ」

昴輝は月寒つきさむりょうの怒った顔を思い出すと、ちょっとだけ苦々しく、でもとても懐かしそうに微笑んだ。

昴輝の交神相手だった月寒 お涼は、交神期間中に硬軟織り交ぜた態度で昴輝へと接してくれた。
頼りない昴輝の態度に対し手厳しい言葉を投げかけた数少ない人物である。

『甘えん坊なのは結構。でもね、仮にも当主だって言い張るなら、もっと頼りがいのある所も見せてごらん』

当時、有耶無耶のうちに当主職を突然継がされて、自覚も何も無い新米当主(仮)だった昴輝にとって、月寒 お涼の言葉は幾分厳しいものに感じていた。
でも今なら彼女の言葉はよく分かる。
この家の人間は昴輝のことを今でも世話の掛かるお子様扱いしていて、誰も「当主」だとは見ていない。
大江山討伐後に参内した時も、内裏の公達の中で最初から昴輝のことを当主だと信じてくれた人はとても少なかった。
……その評価が全てを物語っていた。

『アンタはさ、ちゃんと誰かに何かを返してあげれているのかい? 他人に甘えてるばっかりじゃ誰も付いて来やしないよ』

全く以て月寒 お涼の言う通りである。彼女が抱いていた杞憂はほぼ全て現実となっていた。
この家は今、バラバラだ。
個々の事情が重すぎて昴輝自身ではどうしようもない部分は確かにあるけれども、それ以上に昴輝の行動が空回りし過ぎていて、当主として全く機能をしていないのだ。
その事実が悔しくてたまらない。

昴輝自身も判っている。自分には前代当主だった雪衣のように一族を率いる能力が無いことを。
正直な話、武家の当主よりも商家で交渉役をしていた方が昴輝の性に合っているのだ。
口には出さないだけで、皆は昴輝を当主に選んだ事を後悔しているのではないだろうか。そう思ってしまう事も多々ある。

それでも、オレは……。

「おとう、今日は書庫で初代サン探し?」
「あ、燈衣とうい来てたんだ。うん、そうだよ。でも見ての通り、当てが外れちゃった」
「そうなんや。ほんま、えらい徹底的に隠匿していったんやね、初代サンは」

書庫の入り口から顔を覗いた燈衣は、昴輝の姿を確認するとそのまま近付いてきた。
そして文机に乗せられた年譜と、昴輝の右手を見て、ふと瞳を細める。

「……ねぇ、おとう。もう、ええんとちゃうの?」
「ん? どうしたの突然??」
「何や知らへんけど夏来サンも勝手に復活してきたことやし、さっさと夏来サンにその指輪渡して、おとうは当主から解放されてもええんやないかなって」
「燈衣……」
「おとうが駄目って話やない。ただ、当主職がおとうの性に合ってないのはウチから見てもよう判るんよ。だからもう、おとうには無理して当主続けてほしゅうない思ぅてるんや」

普段物事をやんわりと誤魔化しながら伝える傾向の強い燈衣がここまではっきりと言ってきた事に昴輝は目を丸くした。
暫く燈衣の事を無言で見つめていた昴輝だったが、一度大きく呼吸をすると、ニッコリと笑って言葉を返した。

「オレ、当主辞めないよ。だって、まだまだ当主としてやりたい事あるからさ」
「おとう……」
「それにオレさ、お涼さんに啖呵切っちゃったんだよ。今度会う時は胸張って当主だって言えるようになってるから、ってさ」

昴輝は人間で、月寒 お涼は神様で、立場の違いすぎる二人が次に会う機会なんて無いかもしれない。
それでもお涼を笑顔にしたくて、誇れる自分になりたくて、別れの直前に昴輝はお涼に大口を叩いたのだ。

「だから辞めないよ。オレさ、きっと……いや絶対見つけるから。当主としてみんなが楽しく笑って暮らせるための道を」

次は燈衣が目を丸くする番だった。

「……ほんに、おとうは強いね」

ウチにもその強さがあったら良かったのに。
聞こえるかどうか判らない程に小さく呟くと、燈衣は寂しそうに笑う。

「ウチはおとうの事をちゃんと当主だって思うてるからね。確かにおとうの性に合ってはいないけど、でも、おとうはちゃんと当主やってるんやから。そこは胸張ってええと思うんよ」
「ありがとう、燈衣。燈衣に認めて貰えてオレ嬉しいな」
「うん。そや、折角やしウチも初代当主サン探し手伝おか? ココは年譜以外にも色々あるし、ひょんなトコから何か出てくるかもしれへんからね」
「ホント? じゃあ、燈衣はそっちの棚にある本を見てくれるかな。オレはこっち側を見てみるから」

燈衣の協力を得て、昴輝は再び書庫の捜索を再開した。
例え手がかりへの望みが薄かったとしても、少しずつ前へと進んで行くために。


昴輝は本当に強い子だよね、と言う話。
苦しい立場にいる筈なのに他人に笑顔を見せられるその胆力はマジで昴輝の長所だと思うんだ。

さて、今回は昴輝に関して語ります。
本文中にも何度か書いたのですが、昴輝は「武家の当主」としては絶望的に適性が無いんですよね。
戦闘能力の有無とは関係無く単純に政治力が低すぎる。徹底的に良い子過ぎるんだよなぁ。
その辺を一番判っていたのが夏来で、だから夏来は昴輝よりも先回りして色々と動いていたんだよなと。
(あ、ちなみに夏来は復活直後から再び暗躍を再開しているみたいです。お元気そうで何より)

俺屍に限らず、リーダーというのはチーム運営には重要な存在です。
色んな個性を持つ人達を取り纏めて同じ方向へと進ませる人が居ないと、チームとして望んだ成果を上げる事は出来ません。
いくら優秀な技術を持っていたとしても、仲介役として有能でも、個々のスタンドプレーだけでは駄目な事も世の中には多いのです。
今の高千穂家に必要な当主となれていない事が、昴輝にはもどかしいのでしょうね。

それと、昴輝は若干「当主」の立場に拘っている節が見えてきました。
とは言っても権力が欲しいとかそういう話ではなく、皆に何かしてあげる為に自分が当主で居る必要がある、そんな感じなのかなと思われます。
昴輝はパッション全振りで生きている人間なので、直感でそう思っているのでしょう。
その直感が正しいかどうかは今後見えてくるんだろうな。

今まで中々出す機会が無かった、昴輝と月寒 お涼様の関係も少し描く事が出来ました。
丁度昴輝の交神時期は周囲が色々と立て込んでいて、中々昴輝の話を出せる隙間が無かったので、これから少しずつ出して行けたらなぁと思っています。
取り敢えず仲は良いと思います。多分。きっと。

それにしても昴輝の明るさは本当に助かります。主にプレイヤーが。
彼が前向きでいてくれる事が、今の高千穂家にとって唯一の光であるような気がしてなりません。
息子の燈衣も昴輝の笑顔を眩しく感じている様子で。
父親の明るさに触れて、ほんの少しずつですが彼も変化しているのかなと期待しています。

それと「初代当主サン」の事も。
昴輝の代まで来ると、もう初代当主の事を知っている人間は僅かだよなと思う訳で。
初代当主の思惑通り、既に高千穂家には初代当主の痕跡は「巡流」と言う文字しか残っていません。
それも、本来の読みである「めぐる」ではなく「じゅんりゅう」だと伝わっている状態。
初代から高千穂家を見守ってきたプレイヤーからすると本当に寂しい限りです。

初代の事は過去に散々語ったので割愛しますが、昴輝達が大江山の朱点童子討伐にそれほど拘りを持っていなかった理由として、初代の行動に遠因があります。
俺屍一族で朱点童子に対する思いが一番強いのは直接迷惑を被っている初代当主であり、初代当主が抱えていたその思いを子孫達が失う事なく脈々と受け継いでいく……と言うのが本来ある姿なのかなと思う訳で。
(恐らく天界の方々も一族に対してそういう認識をしているはず)
しかし初代が自分の存在を犠牲にして全部断ち切ってしまった高千穂家にはそれが当てはまらない。
高千穂家の存在理由が当人達の中で不明瞭になっている状態で迎えた大江山越えの結果が今の状態を作ったのだと言えるでしょう。

今回、今後の道標にと昴輝が初代当主の事を調べ始めていますが、これがどんな流れになってゆくのやら。
勿論この辺については現時点で特に何も決めていません。
(自信たっぷりに言う言葉では無い)
何処かで上手く話を繋げられると良いなぁ。