1020年8月 閑話:未知の時が動き出す

気が付かなかった『可能性』


この場所に来て2度目の夏。
巡流は相変わらず、ただ冗長に時を過ごしていた。

討伐も交神も何も無く、誰かに定められた宿命も無い、自分だけの時が流れていく。
自分の存在意義が無いこの場所で、それでも自分が存在しなければならない理由とは何か。
巡流は、ここへ来てから数え切れない程に自問自答を繰り返し続けていた。

自分をこの地へと連れてきた神からは「そのうち見つかるわ」と無責任な言葉を投げつけられた。
自分の所為でこの地に導かれてしまった少女は、生前と相変わらず自分と距離を取りたがっている。
誰も、自分に何かを求めてこない。必要とされていない。

……何度考えても、どれだけ時間を費やしても、答えは見つからない。
結果、巡流は考える事自体を放棄してしまった。
この地で巡流が知る唯一変化するもの……季節を眺めながら、ただただ時が過ぎるのを見送っていた。

「何か見覚えのある場所だなー」

そんな静寂しかないはずの場所で、聞き覚えのない声が耳に入ってきた。
巡流は声のする方向へと視線を向ける。
目の前には、見知らぬ男性が巡流の居る方へと向かって来るのが見えた。

「……ってあれ、そこにいるのってじーさんじゃないか。何だよ、相変わらず縁側の主やってんだな」

屈託の無い笑顔を見せた男性は、どこか聞き覚えのある口調で巡流に話しかけた。
巡流は状況が掴めないまま立ち上がり、男性の方を見る。
一体誰なのか、巡流が尋ねようと口を開いた瞬間、巡流の言葉を遮るように永環の声がその場に響いた。

「信武?もしかして信武なの?」
「あ、かーさんもいるじゃねーか。ホントここって昔のウチみたいだな」

背後から現れた永環に遠慮無く話しかける男性の笑顔から覚える既視感と、永環の発した名前から、ようやく巡流はその存在を思い出した。

「君は……信武なのか?」
「ああ。……そーいや、じーさんの知ってるオレってまだ子供だったな。どうだ、中々立派に成長しただろ?」

自信満々な姿の成人した信武を見つめながら、巡流は掛ける言葉を失ったまま立ち尽くしている。

「そういやココって何か昔のウチみたいだよな?」
「この屋敷は元の世界の高千穂邸と同じ間取りを再現しているのよ」
「へー、だから懐かしく感じるのか」

信武は物珍しそうにキョロキョロ周囲を見回している。
そして、巡流がいつも背を預けている縁側の柱を見て、突然笑い出した。

「何だコレもあるじゃねーか。ホントそのまんまって感じだな」
「これってもしかして、信武が命音に切られかけた時に出来た柱の傷……?」
「かーさんも覚えてるか? あんときの命音はマジで怖かったぜ。遠慮無しに真剣振り回してきたからな」
「それは信武が誰にも相談せずにあんな着物を買ってきたからでしょ」

昔話に花が咲く永環と信武。
事情が判らず会話にも入れず棒立ちの巡流は、柱の傷に目を奪われていた。

「この傷は……先程まで無かったような……」

そう、無かったのだ。
巡流はこの場所で毎日過ごしている。
この柱だって毎日目にしていたのだから、こんな目立つ刀傷がついていれば巡流も気付くはずだ。
一体この傷はいつの間に付いたのだろうか?

「まーとにかくだ。こうやってココに三人揃ったって事は、もしかしたらこの後にあの家の奴ら全員来るって事か?」
「火車丸様から伺った限りだと、そうみたいね」
「だったらどーするよ、ここが前の高千穂邸だったら絶対全員は入んないぜ? 大体双子の時にオレ大変な目に遭ってるしなー」
「双子……かい?」

巡流が知らない情報に反応する。
永環と信武は顔を見合わせ、その後理由を察した。

「そう言えば当主様が知っているのは信武が来るまでの事で……」
「じーさんは知らないのか、あの後オレの兄弟が四人になったって」
「四人?僕は三人だと想定していたけれど」
「かーさんが3回目の交神で双子を産んだんだよ。で、四人兄弟になったって訳」

双子……と、うわ言のように呟く巡流。
そして何となく恥ずかしくなる永環。
特段何も思う事が無い信武は、そのまま会話を続けていた。

「ま、屋敷問題に関してはオレの手腕で改築まで漕ぎ着けたけどな!」
「改築? 屋敷をかい?」
「そっ、だから今の高千穂邸はこれより大きくて……」

と、そこまで信武が言ったところで、今度は信武が驚く番だった。
いつの間にか、今自分達が居る屋敷が改築後の状態に変わっていたのだ。

「……うん、正にこんな感じだ……何だよコレ」
「屋敷が……変わった……?」

巡流は驚きすぎて表情が固まったままになっている。
永環は混乱して、キョロキョロと周囲を見回していた。
さすがの信武も突然の変化に驚きを隠せなかったが、次第にその顔には笑みが生まれてくる。

「……ったく、オモシレーじゃねぇか。ここは何でもアリな場所って事なんだろ? つまりウチは更に変化するって訳だ。家だけじゃなくオレ達も。こりゃあ面白くなるぜ!」
「君は……この状況を変だとは思わないのかい?」
「変かもしれねーけどさ、これ位なら害も無いだろ。だったら十二分にこの状況を楽しむまでだぜ」

頼もしげな信武の言葉に、巡流は再度動きを止めた。
この不可思議な状況を十二分に楽しむなんて、巡流には出てこない考えであった。
信武だって巡流と同じように使命も何も無くこの場所に放り込まれているのに、思いつく事が全然違っている。
巡流には信武の考えている事が全く理解出来なかった。
そう、あの過去の日々と同じように。

巡流には理解出来なかった、信武の視線の先にある何か。
生前は時間が足りなすぎて、頼るものが無さ過ぎて、最後の希望を託すしか無かった、巡流の見知らぬ何か。
いつ尽きるかも判らない時間が存在する今ならば、もしかしたら、それが何かを知る事が出来るかもしれない。

……巡流の心の内側に、灯火のような暖かいものが、トクンと音を立て浮かび上がってくる。

「そういや、着物が前みたいな味気ないヤツに戻ってるじゃねーか。なぁかーさん、ココって別の着物とかねぇの?」
「それなら私がここに来てから皆に作っていたものがあるわ、今から持ってくるわね」

永環は急ぎ足で自室の方へと向かう。
その背中を見送りながら、信武はぽつりと話し出した。

「……なぁ、じーさん。結局オレの代じゃ朱点童子は倒せなかった。じーさんの期待に添えなくて悪かったな」
「かまわないよ。高千穂の家族が僕が居た頃よりも幸せになっているのなら、それでいい」
「そこは補償する。残してきたヤツらは皆楽しいのばかりだからな。この先うるさくなるぜ?」

着物を抱えた永環が戻ってきた。

「はい、これが信武の分。……それと、当主様の分も……」
「ああ、ありがとう」

永環は赤みがかった濃紺の着物を巡流に手渡した。
それはよく見ると細やかな柄が浮き出ていて、落ち着いた色合いなのに、何処か華やかさもあるように見える。

三人はそれぞれ永環が用意した着物に着替えた。
永環は自分が好んでいた橙色の生地の、信武は涼しげな濃藍の着物を身に纏っている。
巡流も受け取った着物に腕を通し、改めて永環が誂えた着物を見た。
初めて身に付けたそれは不思議と体に馴染み、今まで着ていた白い着物よりも自分に合うように思えた。

「おっ、じーさん似合ってるじゃん! でも何か地味だよなー。もっとこう、派手な色で柄が目立つ……」
「信武は黙ってて」

信武に対してぴしゃりと言い切る永環の厳しい表情を、目を丸くしながら巡流は見る。
巡流が知っている永環は、どちらかというと大人しく遠慮がちな態度を取る少女だった。
もしかしたら永環も、巡流が知らない時を過ごすうちに変化していたのかもしれない。

今まで気付かなかった物事を知る度に、胸が早鳴るような気がする。
巡流は二人の着物姿を、少し目を細め眩しそうに見つめていた。

この先に訪れる高千穂の家族達も、自分に新しい何かを届けてくれるのだろうか?
そう考えると、この先がとても待ち遠しく思える。

明確には判らないけれど、それでも確実に、何かが動き出した気がした。


天界側に信武が合流です。
これでようやく、コッチ側も動き出しますね。

しかし巡流の動かなさは本当に駄目なレベルだと思うんだけど。
ほぼ漬物石なのに初代当主って重要な役回りをしてるから、出てこない訳にはいかないんだよねぇ。

それに引き換え、信武はホント動いてくれて助かります。
柱の傷やら着物まで取り出して想定以上の暴れっぷりっすよ。
ってか、命音はあの時本気で得物を振り回してたのか……。
(プレイヤーも知らなかった事実)

まぁ、巡流自身があまり動かないのは、多分「手札」が揃ってないからなんだろうなーと思っています。
プレイヤーとしては、粛々と必要な手札を揃えていくしか方法が無いのかな。
いやホント、この人に関しては、プレイヤーの自由采配じゃ動いてくれないんっすよ。
困ったお人です。

この二人と居る時の信武って何だか子供っぽくて見ててホッコリしますね。
信武は当主特性がすこぶる高い人ですが、これからは当主の立場以外で、更に高千穂家を掻き回してくれそうです。
厳密に言えば巡流も既に当主ではないのですが……まぁそこは名誉職って事で。