1020年12月 閑話:知りたかった答え

どうしようもない真相。


「巡流さん、伺いたい事があるのですが、今良かったですか?」

昼下がり、いつも通り縁側で茶を飲んでいる巡流に命音は話しかけた。
命音の表情は何時になく硬い。
今日こそは以前から謎に思っていたことを巡流にへとぶつけてみよう、そう思っていたからだ。

「何だい、命音」
「僕はあなたにずっと聞いてみたかった事があります。母さんを……永環さんの事をどう思っているのか」

命音の突然の問いに、巡流は特に動揺する事も無く静かに答える。

「大切な娘だと思っているけど、恐らく君が聞きたい答えとは違うのだろうね。理由を聞いていいかい?」
「はい、母さんはずっと巡流さんとの関係に悩んでいました。地上に居た頃は母さんから聞く巡流さんの話しか知らなかったから、僕には母を悩ませていた理由を明確に推測出来ませんでした。でもここに来て巡流さんと話が出来た事で自分の推測にある程度の確信を得ました。だから、あえて尋ねようと思ったのです。……巡流さんが母さんとの関係を、どうありたいと思っているのかを」
「もう止めて命音!」

どこかで漏れ伝わった二人の会話を聞いていたのであろうか。
命音の後ろから、永環が縋るような声を上げた。

「もういいの。終わった話なんて掘り返しても意味無いから」

恐らく永環は巡流の口から答えを聞くのを恐れているのだろう。
でも、ここで引いてしまっては元も子もない。
命音は永環の方へと顔を向けた。

「意味無くなんてないよ、母さん」
「命音……」
「そうやって誤魔化して、一人ため息ばかりついて、ギクシャクした日々をやり過ごしていても、母さんの為にも巡流さんの為にもならない。……そう思わないか、母さん?」
「………………」

永環だってそれは十分判っているのだろう。
命音に諭され、何も言えなくなってしまった。

命音は改めて巡流へと視線を向ける。

「改めて伺います。巡流さん、あなたにとって永環さんはどういう存在なのですか?」
「僕が守らないといけない、幸せにしないといけない人、かな」

よどみなく巡流が答えた。
命音の視線が少し鋭くなる。

「それともう一つ。あなたは、ご自身の交神の事を、覚えていますか?」

それまで命音の問いに対してはっきりと回答していた巡流の言葉が、一瞬止まる。
少し考えて、ぽつりと答えた。

「……判らない。相手がお地母の木実殿だと言う事は知っているけど」
「なら、どうやって母さんと出会い、永環さんが娘だと認識したのですか?」
「地上へ向かう直前にお地母の木実殿が永環を連れてきてくれたんだ。この子が僕の娘……守るべき相手なんだと教えてくれた」

命音が盛大なため息をついた。同時に肩の力が抜ける。

「……やっぱり」
「命音、どう言う事?」

やれやれ、といった表情を浮かべながら、命音は説明を始めた。

「簡潔に答えると、巡流さんは家族や交神絡みの認識が著しく間違ってる」
「……え?」

困惑の表情を見せる永環。

「自分の記憶や知識を無理矢理繋げて間違った解釈をしているんだ。だから交神が何なのかとか、子供の意味合いとか、僕達とは全然認識が違っているんだよ」
「そうなのかい?」

今度は、巡流が困惑する番であった。

「巡流さんは、交神の儀を行う事で神様が新しい家族を何処からともなく連れてきてくれると思っているのでしょう?」
「ああ、そうだね」
「詳細は省きますが、全然違います」

驚きの表情の巡流。
命音は、永環に向かって言葉を続けた。

「巡流さんが交神の儀を『天界に行って神様が連れてきた新しい家族と一緒に戻ってくるだけ』だと思っていたから、交神の件で母さんが深く傷付いていたと想像すらしなかった。交神の儀に母さんを指名したのも、その方がより強い子を神様が連れてきてくれると単純に考えてたから。これが母さんがずっと気にしていた、巡流さんが考えていた母さんの交神に関する真相だよ」
「そんな……私ずっと、自分は悲願達成の為の道具みたいに扱われているのかなって思ってたのに……」

永環はその場で崩れ落ちた。
今までずっと悩んでいた巡流に対する複雑な感情と、今聞いた真実とが中々混ざり合わない。

「母さんが話す巡流さんについては疑問点ばかりだった。母さんは巡流さんについての認識がどこか偏っているような節があるから、僕が感じるような巡流さんに対する違和感に全く気付いて無かったみたいだけどね」

真実を上手く飲み込めず茫然自失状態の永環の目の前に、巡流が近づく。

「まだよく判っていないけど、もしも僕のした事が君を傷付けていたのならば本当にすまない。僕は君を守りたかった、家族を救いたかっただけなんだ」
「あ……えっと……」
「それと僕に教えて欲しい。……交神とは何をするんだ? 君にとってそんなに嫌な事だったのかい?」

まるで他に頼る物がいないかのように、縋り付くような形で永環へと顔を近づける巡流。
突然の巡流の言動に暫く永環は固まっていたが、質問の意味を理解すると顔を突如赤らめる。

「いやっ、すけべっ!」

咄嗟に永環は巡流の頬を平手打ちし、そのまま一目散に逃げていった。

「……ねぇ命音。僕は……また何か間違えた……のかな?」
「ええと……」

あまり感情を表情に見せない巡流だが、今ばかりはとても落ち込んでるのがよく判る。
命音には、現状に苦笑いするしか出来なかった。


あー、もう何処からどうツッコミをすればいいのやら。
取り敢えず、ずーっと引っ張ってきた、巡流と永環の一悶着についての解決編?です。
解決編のはずですが、何か色々と解決してません。

巡流の常識知らずな面については、最初から設定していました。
どうしようもない人ですけど、仕方ない部分も確かにあるんですよねぇ。
だって討伐に必要ないじゃないの、保健体育の知識なんて。
天界では最低限以下の常識しか教えて貰えず、その分の時間は剣術の稽古に割り振られているんだと思うんだ。
ある意味天界側の落ち度だと思いますが、彼らにしても想定外でしょ、こんなのは。

巡流の事は命音を含めた一族が今後フォローしていってくれる事だと思います。
他にも間違って認識しているものがあるはずなので。
家族皆で巡流を育っててあげて下さい。大丈夫、きっと良い子に育ちますから。
(体は十分育っているけど)

1019年11月の命音交神時に命音が「もしかして……」って言ってたのはこの件です。
あの時に信武から当主の指輪の話を聞いた事で「巡流が交神の儀を間違って認識しているのでは?」と推測していたのですよ。
この先も命音には色々とお手伝いして頂く予定ですので、今後ともよろしくお願いします。

永環は……一番大きかった心の重石が取る事が出来た……のかな?
まだ永環がこの件をどう消化するのかは未知数なのですが、きっと良い方向に向かってくれると信じています。
巡流に悪気があった訳でも、永環を蔑ろにしていた訳でも無い事は伝わったと思うので。

それにしても、これから巡流と永環の関係を再構築しないといけないのですが、どう進めようかなぁ。
何か色々と案は浮かんでいますが、正直決め手に欠けていて、まだ道筋は決めていません。
少なくても今までよりは仲良くさせてあげたいと思っていますが。

しかし……誰が説明するんでしょうね……保健体育問題……あはは……。

※命音が巡流の事を「巡流さん」と呼んでいるのは、青年の姿をしている巡流に対して「おじいさん」と呼ぶ事を躊躇したからです。