1020年12月 閑話:誰が箱を開いたか

抉じ開けた箱の中には。


「あははははっ、そりゃサイコーに面白いな。そん時のじーさんの顔見たかったぜ」
「兄さんは気楽で良いよな。当事者の身になってほしいよ」

巡流と永環の確執に関する真相が判明した日の夜。
命音は報告も兼ねて、晩酌セットを手に信武の部屋へと訪ねていた。
一通り命音から話を聞き大笑いしていた信武は、巡流と永環の関係が改善するかもしれない状況に、かなりご機嫌な様子である。

「で、結局交神の儀の話はしたのか?」
「説明が面倒だったから指輪で調べてくれってお願いしたよ。多分巡流さんにはその方が判りやすいだろ?」
「あーなるほどね。確かにアレは便利だからなー」

そう言いながら信武は酒を含むと、酒の肴に用意したミックスナッツをポリポリと食べている。

天界に住処を移して以降、二人の宅飲み環境は大きく変化していた。
信武が食べているミックスナッツもそうなのだが、天界には地上では見掛けない、お手軽に用意できて美味しい酒の肴が沢山あった。
酒も質が良く種類も沢山あり、それらを自由にかつ潤沢に用意する事が出来る。
たまに手に入る酒を、双子の兄弟達には隠しつつ二人で飲んでいた地上の頃とは比べものにならない位に贅沢な環境である。

食品以外にも色々な面で地上とは格段に違い、随分と快適に生活出来ていた。
信武が新しい物好きな側面がある事から、特にこの数ヶ月で家の設備は一変した、らしい。
頻繁に東風吹姫の所へと出向き、色んな物を見つけては家に導入すると永環が言っていた。
命音がここに合流する前の秋口からそれを繰り返した結果、今では『家電製品』が当然かのように稼働しており、地上の常識では想像すら出来ないような生活環境となっている。
例えば二人が居る信武の部屋にしても、昔は夜になると月明かりか燈台で夜の灯りを賄っていたが、今は地上では見掛けた事のない照明器具が設置してあり、室内は昼間と大差ない位に明るくなっていた。
大晦日に近いこの時期は底冷えや隙間風に苦労したものだが、この家では全ての場所において一日中気温が管理されているらしく、雪の最中に縁側に居たとしても凍えることは無い。
命音にはどうやってそれらを実現しているのか未だに理解出来ていないが、目の前にある以上「ここは天界だから」と割り切って有り難く使わせて貰っている。
そもそも、自分が死に別れた家族と今こうやって安穏と暮らしている事自体が奇跡なのだから。

「でも命音の話から想像すると、指輪で交神の儀の内容を知ったとしても、男女の機微までは理解出来なさそうだからな。……一度じーさんを花街にでも連れて行ってみるか? 花街の姐さん達なら喜んで手取り足取り教えてくれそうだしさ。聞いた話だと稲荷ノ狐次郎ん所に結構有名な花街があるみたいだぜ。もしかしたら親族割引とか使えるかもしれねぇし」
「それ、実行したら母さんから袋叩きに遭うよ。それに兄さん、巡流さんの事を出汁に使って自分も遊びに行く気だろ。東風吹姫様にバレても知らないからな」
「さすがにそりゃ勘弁だ。姫さんは怒らせるとこえーからなー」

信武の冗談とも判らない発言に軽くため息を吐くと、命音は自分のお猪口に注がれた酒を飲み干し、継ぎ足す。

「それに、これで全部解決した訳じゃ無いんだから、今から浮かれてなんていられないだろ?」
「まぁな。俺達だってじーさんの教育係をする為にココへ連れてこられた訳じゃねーだろうし」
「巡流さんと母さんの事も全部は解決していないからね」
「ん、そうなのか?」

命音は自分の手を首に当てる。

「あの二人の関係は結構矛盾が多いからさ。兄さんも聞いたことあるだろ、母さんの一番古い記憶の話」
「ばーさんに髪を結って貰ったって話か?」
「そう、それ。巡流さんはその事を覚えていない。と言うか知らないみたいなんだ」
「え? どういう事だよ」

今まで笑みを浮かべていた信武の表情が一変した。

「巡流さんが、母さんと初めて会ったのは地上に来る直前だと言っていた。……その頃だと母さんは既に討伐に出られる位に成長していたはずだよね?」
「だな。……かーさんの話っぷりからすると、かーさんの記憶ってまだ幼児の頃……だよな?」
「多分。当事者の巡流さんがそれを知らないって、どういう事だと思う?」

二人の会話が暫し止まる。

そう、命音が巡流に質問をした本当の意図は、その部分にあったのだ。
二人の記憶には差違が生じているのに、何故か二人はその事を疑問に思っていない。
また、巡流があそこまで知識が偏っている事にも疑問が生じている。
これらの事例を総括すると、どう考えても巡流と永環が地上へ来る以前に何かがあったのは明白なのだろう。
……それが何なのかは、情報が足りなすぎて今は判らないが。

「今、僕達がこの家……僕ら家族以外誰もいないこの場所に隔離されているのも、何か関係あるのかもしれない」
「オレらを隔離って、それにしては色々とザルな部分も多いけどな。今までだってオレが何処に行こうが制限は無かったし、アレコレ頼んだ物はほぼ全部届いていたぜ?」

さすがに地上とやりとりできるモノはダメって言われたけどな、と信武が頬を掻きながら話す。
これについては「天界は基本的に地上へは干渉しない決まりになっている」と言う理由付きでの却下だったので、天界全体での共通認識なのであろう。

「隔離・幽閉しているにしては待遇は上々、かと言って天界の情報をオレらに自発的には流してくれない。オレ達に何を望んでいるのかさっぱりワカンネーぜ」
「僕も同意見かな。……まぁ、何も考えていないって話なのかもしれないけどさ」

命音は手に持ったお猪口を空けた。

「判らない事ばかりだけど、僕は今後も巡流さんと母さんの件を中心に動いて行くよ。兄さんは……」
「天界についての情報収集、だな。コッチについては任せておけって」
「ああ、よろしく頼むよ、兄さん」

そう言うと命音は再び手酌で酒をお猪口へ注ぎ、煽る。
信武は少し呆れた表情で「お前、飲み過ぎるなよ」と茶々を入れた。

地上で一生を終えたはずの自分達が何故天界で「生きて」いるのか。
天界において高千穂一族は何を求められているのか。
そして、地上で一族の悲願達成を目指していた自分達の日々は、天界側ではどういう意味を持っているのだろうか。
正直言って、疑問を上げれば切りが無い。

(……もしかしたら、巡流さんと母さんの件を引き金にして、僕達はもっと根深い謎を掘り出してしまったのかもしれない)
命音は、頭の中に浮かんだ疑問符を追い払うかのように、もう一度勢いよく酒を煽った。


前回の続きで、兄弟の酒飲み話。
ようやくこちら側も物語が見え始めたと言うか、個人的には「コース料理を出す店に行って着席した」って位まで行った気がします。
(まだ料理は出ていない……)
信武と命音の二人が結構アクティブなのでこちらも助かるというか何と言うか。

この二人はよく一緒に飲んでいるのですが、大抵が命音から誘っています。
実は命音ってば結構お酒が好きなんですよ。
元々日本酒が好きで、天界に来てからは色んな種類の酒が飲めて嬉しいみたいです。
逆に信武はあまり飲まないと言うか、酒席では飲み食いよりも周囲が盛り上がっている所に乗るのが好きなタイプです。

二人共お酒は強めな方なので簡単に酔い潰れたりはしないみたいですが、命音の方がある程度飲むと徐々に口調が荒くなってくるので、その前に信武が止めている模様。
命音も自覚しているので、信武以外とはあまり飲まないようにしています。
回数も週に1〜2回程度で、これ以上増えない様に信武の方が調整しているのだとか。
普段と立場が逆になっている所がいいよなぁと。

そう言えば信武が合流した事で、随分と家の環境が近代的になってきています。
この辺に関してはもうちょっと後のタイミングに、閑話か休題のどちらかで取り上げたいなぁと思っています。

命音も言っていましたが「ここは天界だから」ってホント便利な言葉だよなー。