1019年8月 閑話:静寂の牢獄

この静寂は、私を縛る枷。

__見覚えのある、暗い空間だった。

つい先ほどまで家族に看取られていたはずの永環は、知らないうちにここに降り立っていた。
この場所には覚えがある。交神の儀の時に訪れた、あの場所だ。
周りを見渡しても、見えるのは闇。
あの時と違うのは、この先に何があるのか全く想像もつかない事だろうか。

沸き起こる不安に辛そうな表情を永環は見せる。
しかし、この場所に立ち尽くしていても仕方ない。
そう思いつつ当てもなく永環が前に足を出した直後だった。

「……どこに行くつもりだよ」

聞き覚えのある声が、永環を呼び止めた。
声がする方に視線を向けると、そこには火車丸と根来ノ双角が居た。
もう会うことが無いと思っていた神々との思わぬ再会に、永環の顔に驚きの表情が浮かぶ。

「火車丸様に根来ノ双角様……」
「久し振りだな、永環」
「お久しぶりです、火車丸様。またお会いできるとは思ってませんでした」
「永環殿、地上ではしっかりと己が務めを果たされてきたようで」
「はい、命音も含めて皆いい子達ばかりで、とても誇らしいです……」

二柱からの言葉に答えながらも、永環は少し困惑していた。
何故、この二柱が自分の所へと来てくれたのだろうか。
自分はこれからどうなってしまうのだろうか、と。

そんな永環の様子を見ていた火車丸は、やれやれと軽く息を吐くと永環に話しかけてきた。

「何か気になる事でもあるのか?」
「え?」
「急ぐ理由も無いんだから、そう遠慮しなくてもいいだろう? それにまだ奴が……ああ、来た来た」

そう言うと火車丸は親指を視線とは別の方向へと向ける。
指の先には愛染院 明丸が居た。
その手には幼子の手が握られている。

「すまない、遅くなった」
「いえ……その……」
「そなたに、是非この子と会わせねばと思い連れてきた。……そなたの孫だ」

永環の瞳が丸くなる。

「私の孫……信武の子……なのね」

永環の姿を見ると、幼子は永環に近付いてきた。
そんな幼子を受け入れるように、しゃがんで、幼子と同じ目線になり、永環は話しかけた。

「はじめまして」
「……だれ?」
「私は、あなたのおばあちゃんよ。永環、って言うの。よろしくね」
「うん、よろしくね、おばーちゃん」

こくん、と幼子は頭を下げる。
永環と同じ色の髪がさらりとなびいた。
幼子の髪を撫ぜながら、永環はとても幸せそうに微笑む。

「……ありがとうございます」

立ち上がり、永環は改めて三柱に視線を送る。

「貴方がたにも再びお会いできて、孫の顔も見ることが出来て……これで思い残すことは何もありません」
「……嘘だろ」
「え?」

盛大にため息をつく火車丸。

「何が『思い残す事は無い』だ、まだでかいのが残ってるだろう。ったく交神の時に何度も愚痴ってたってのに」
「火車丸殿、まぁ落ち着いて」

根来ノ双角がそれを宥める。

「……我々もこれが本当に正しい選択なのか正直図りかねぬ」
「でもまぁ、何もせず終わるよりかはマシだろうからな」
「さあ、先へと進むがいい。そこに行けば判る」

愛染院 明丸が遥か先へと指を向けた。
指し示す方向に顔を向けた永環は、突然差し込んで来た光に目が眩む。

__次に目を開けた時、永環は別の場所にいた。
その場所に、永環はとても覚えがあった。

天界側に永環が合流です。
巡流の強制退場で一度は消えた問題でしたが、ここで再び蒸し返そうかなと思っています。
天界側を描くに当たって、この二人の不和は避けては通れませんからね。

今後二人の関係がどう転がるかは本編の動向次第な部分が大きいので、現状プレイヤーもどうなるかさっぱり判りません。
ぶっちゃけ出たとこ勝負です。
ただ、いい形に収束してくれるといいな……と切に祈願しています。
(プレイヤーが描きやすい内容だと更に嬉しい限り)

それと、永環と信武の子を会わせてみました。
まだプレイ記には未登場ですが、折角なので。
こういう事が出来るのも、天界側を描く上での利点ですよねー。

以下、巡流の視点でちょっと続きを。


「あの…当主様…?」

信じられなそうな表情で、永環が呟く。
巡流は、声の方向に視線を移すと、何も言わず暫くその場に居た永環の姿をずっと見つめていた。
その表情は無、と言うよりも虚ろなもの。
まるで目の前に居る永環を現実として認識していないような、そんな様子であった。

その状況を変えたのは、永環の一言だった。

「そのお茶は……」

巡流のすぐ脇にある湯のみに視線が集まる。
そこでようやく、巡流は言葉の存在を思い出した。

「……ああ、茶でも飲もうと思って」
「でも……」

イツ花が来客用に使っていた湯のみの中には、濃い緑色の液体が並々と入っていた。
既に冷めているらしく、湯気は無い。
そして、やけにドロっとしている。

「見た通りだよ、見よう見まねで淹れてみたが、飲めたものじゃ無い」

湯のみを手に取る巡流。

「茶一つも作ることが出来ないなんて、不甲斐ないね」

鬼と戦う必要がないこの場所で、巡流が役立てる事は何一つ無い。
ただ何もせず、庭を眺めて永遠のような時間を過ごしていた。
永環が来るまで、声の出し方も忘れている位に。

永環は、巡流から湯のみを受け取った。

「……お茶、淹れてきますね」
「……ありがとう」

二人の間に、言葉は少ない。

『貴方が望めば、欲しいものも用意するわ』

(確かにあの人は、そう言っていた。だとしたら、僕が彼女をここに連れてきてしまったのだろうか。こんな、何も無い場所に)

「僕の……願いは……?」

厨へと向かう永環の後ろ姿を虚ろに見つめながら、巡流はぽつりと呟いた。


永環が合流するまでの半年間で、巡流はすっかり腑抜けている御様子。
まぁ、朱点童子討伐しか生きる糧が無かった人でしたから……。