読めない未来も悪くない。
毎年8月は京で大々的に武術大会が行われている。
これは朱点童子公式討伐隊の選考試合と銘打たれているが、元々は帝肝いりの徴兵及び経済対策である。
同時に、市井の人々にとっては荒れ果てた京の町で行われている数少ない大規模な娯楽行事でもあった。
賞金付きの武術大会で、尊き方々のお眼鏡に適えば内裏所属の武士として取り立てて貰えるかもしれない。そんな噂が徐々に浸透し、周辺の腕自慢達からの参加は年々増え続けている。
ここ数年は御前試合となる本戦の前に予選が行われており、娯楽行事としての規模も飛躍的に拡大していた。
復興を進める京の町にとってこの時期は色んな職種において書き入れ時となっているのだ。
それは武家でありながら何故か廻船問屋兼古物商を営む高千穂家にとっても同じであり……。
「この時期は地方に住む人達がいっぱい京に来てて、そういう人達がウチにも来てて大忙しだよ」
「なぁ昴輝。商売が忙しいと言いながら試合の待ち時間を暢気な顔して潰していてよかったのか?」
昴輝の言葉に冬郷が不可解そうに昴輝へと尋ねる。
「その辺は心配しなくても大丈夫だって。使用人の数は足りてるし、この時期に合わせてみんなで念入りに準備していたし。それに現場を仕切ってくれる人が居てくれるから……って報世、何そんなビックリした顔してるの? そんな驚く話ってあった??」
「いや、君の商売って僕が思ったよりもしっかりとした事業だったんだなと思ってね」
「かぁさんが始めたときは討伐の片手間でやる位の規模だったんだけど、貴族相手に古物を売買し始めた辺りからトントン拍子で大きくなっちゃって、オレが継いだ時にはもうこの状態だったんだよ」
「茜葎のヤツ、ただ好き勝手にガラクタを買い漁っていたのでは無く、本当に商才があったんだな……」
報世と冬郷が唖然としている中、夏来は平然とした様子で昴輝の話を聞いていた。
昴輝の部屋にあった帳簿を整理した時に事業内容や規模を把握していたからである。
また、昴輝の母親である茜葎が残した経営資料にも目を通しており、茜葎が想定していた今後の事業方針も理解していた。
夏来の目論見では、昴輝は鑑定や営業の才能はあるが、勘定や経営については全く向いていない。
どうやら茜葎はその辺も熟知していたらしく、昴輝の足りない部分を現場の使用人が補う形で運営していく方向で環境整備や事業計画を練っていた様子だが、現時点で当時の茜葎にとって想定外な早さで事業拡大は進んでいる。
こちらの方も自分が順次手を出していき、昴輝の才を生かしつつ昴輝の子孫へと引き継ぎやすい形に導いていかなければいけない。そう夏来は考えていた。
__こう言った謀は夏来の得意分野だ。
人には適材適所があり、夏来には各種戦略の才がある。だったらそれを生かしていけば良い。
武家としても商家としても、夏来の才を生かせる部分は沢山あるのだ。
夏来は手に持った得物に視線を移す。
槍使いという役目は、そんな夏来には最適だと認識している。
仲間達の動きに合わせ幅広い行動を選択出来る立ち位置は、夏来の特性を生かしやすい。
……ただ、夏来の能力に合った属性武器が高千穂家に無いのがとても残念な話だったが。
「あ、噂をすればなんとやらだ! おーい、ソウさーんっ!!」
突然、昴輝が声を上げた。
その声に反応して近付いてきたのは、自分達よりも体格が大きく、如何にも「海の男」といったような風貌の老人であった。
「おい昴輝ぃ、お前こんな町中でデカい声出して呼ぶなよ。目立つじゃねぇかぁ」
ソウと呼ばれた老人は、文句を言いながらも昴輝の呼び声よりも張りのある大きな声で言葉を返した。
昴輝はソウの隣に移動すると、夏来達の方に向かってソウの紹介をする。
「この人がさっき話した、ウチの番頭をやってくれてるソウさんだよ」
「おっ、コイツらがお前がよく話してる家族か。まぁよろしくな。コッチは昴輝が頼りない分どうにかしてっから、お前達は安心して昴輝を連れ回していいぞぉ」
「ちょっとソウさん、頼りないとか言わないでよー」
がはは、と豪快な笑い声を出すソウと、拗ねたような顔をする昴輝。
端から見れば祖父と孫のような組み合わせではある。
「って言うか、ソウさん何でココに?」
「昼飯のついでにちょっと散歩だ。しっかし選考試合ってヤツも年々デカい祭になってくるなぁ。まぁコッチはいい商売させて貰えてありがてぇが」
「オレ去年の選考試合は知らないんだよね。冬郷さんは知ってる?」
「ああ。丁度ウチに来たのが去年の今頃で、当時当主だった信武殿……お前の祖父に当たる方に連れていって貰ったからな。確かに去年よりも人手も屋台も増えているな」
「信武ねぇ、懐かしい名前だ。……早ぇもんだ、もうアレから一年も過ぎたんだなぁ」
懐かしそうに過去を振り返るソウの姿を、夏来は愛想笑いを浮かべながらも、まるで値踏みでもするかのように見ていた。
彼の存在は茜葎の残した書類から認識していた。
一見した限りは豪快な好好爺だが、外つ国からの渡来品を京で売りさばく経路を茜葎と共に短期間で開拓した人物だ。恐らく一筋縄では行かない。
夏来にとって商家方面の手綱を握る為に越えねばならない大きな障壁である。
その言動から少しでも多く情報をくみ取ろうと、夏来は昴輝達との会話に同調しつつも、ソウを事細かく観察していた。
そんな最中、夏来の近くで金切り声が響いた。
視線を声の方向へと向けると、近くの屋台を数人の男が取り囲んでいるのが見える。
どうやら男達は屋台の店主に狼藉を働いたらしく、悲鳴の主は店主の嫁のようだ。
周辺から集まる人々の中には、歓迎されない理由から京へ入ってくる者達もいる。
この男達もその手の輩なのだろう。難癖を付けて店主から金品を脅し取ろうといった所か。絡まれた店主も災難な事だ。
とは言え、自分達には関係ない。厄介事に首を突っ込む義理もないし、後始末を考えるとあまりにも利がない。
可哀想だが、ここは見て見ぬ振りをするのが上策か。
……そう思うと、夏来は視線をソウの方へと戻そうとした。
その時である。
夏来が想定していない事態が、目の前で起こったのは。
「ゴメン夏来、ソレ借りるね!」
その一言の直後、夏来の手にあった厄払いの槍は昴輝に奪われていた。
槍を手にした昴輝は、一直線にならず者達へと走り向かっていった。その後はまるで川が断ち切られたかのように人の波が止まり、皆走り去る昴輝の方へと視線を移す。
そんな中で昴輝は手に持った槍をならず者達の目前で一閃した。
一瞬昴輝の攻撃が外れたのかと夏来は思ったが、昴輝の動じない怒りの表情を見て察した。
昴輝の攻撃は「外れた」のではなく「わざと外した」のだと。
突然昴輝に威嚇攻撃されたならず者達は一瞬怯んだものの、自分達よりも華奢な昴輝を見て見く高を括ったのだろう。
嘲笑を浮かべながら持っていた刀で昴輝に斬りかかろうとした。
「……試合前に何を考えているんだ、あの馬鹿は」
夏来が冬郷へと視線を移すと、冬郷は既に剛鉄弓を構えていた。
冬郷が放った矢は、ならず者の持つ刀を次々に弾き飛ばしていく。
「はい、夏来。これを渡しておくよ」
夏来のすぐ近くに居た報世が、自分の得物を夏来に手渡した。
別の手には、冬郷の得物である闇の光刃が握られている。
「これは素直に従っておいた方がいいみたいだね」
そう言うと、報世は素早くならず者達の元へと飛び込み、手に持った闇の光刃で薙ぎ払った。
薙ぎ払われた衝撃で次々と倒れ込むならず者達。残るは後一人だ。
……恐らくこれも、報世がわざと残したのだろう。夏来の「出番」を作る為に。
「……ここまでお膳立てして貰っているのに、無下にするのも如何なものか、かな」
夏来は報世から渡された刀、竜神刀を鞘から引き出した。
すると、握っていた柄から何かが流れ込んでくるような、そんな感覚に襲われた。
まるで水の中をたゆたっているような心地よさが全身に広がる。
竜神刀に目を向けると、優しく夏来に語りかけてくれるように、刀身が鈍く光って見えたような気がした。
竜神刀を構えると、夏来は一人残されたならず者へ向かい走り出した。
そして、ならず者に対し躊躇無く竜神刀を振るう。
夏来の目には、竜神刀の刀身から水飛沫が上がる様に見えた。
切りつけられた勢いで最後に残ったならず者は吹き飛ばされ、全員同じ場所で重なるように倒れ込んだ状態になった。
ならず者達を退治する様子を見ていた町衆達は、夏来達に向かって歓喜の声を上げた。
そんな中、夏来は今一度その手に握られた竜神刀に目を向ける。
まるで竜神刀が自分の体の一部であるかのように手に馴染む感覚に、夏来は武者震いをした。
……これが属性武器に宿る不思議な力、なのだろうか?
夏来は体の震えを抑えつつ、静かに竜神刀を鞘へと収めた。
昴輝達に片付けられたならず者は、駆けつけた検非違使達に全員連行されていった。
勝手に大立ち回りを始めた事で選考試合への参加に影響が出るのではないかと夏来は危惧していたが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
検非違使庁も京のお祭り騒ぎで連日忙しいのであろう。検非違使達は夏来達に特段何かする事は無かった。
夏来は先程までの一件を思い返していた。
女性の金切り声が響いてから昴輝が夏来の武器を奪い取るまでの一瞬で、昴輝は何をどこまで考えていたのだろうか?
確かにあの人混みの中、弓で直接ならず者達を威嚇攻撃するのは難しいが、弓使いの昴輝にはそれ位は容易かった筈だ。
なのにわざわざ槍を手に、人の往来を分断しつつならず者の気を引き、後手に控えた冬郷がならず者達の武器を弾き飛ばせるよう導線を作った。
それをあの一瞬で昴輝が全部仕組んだと言うのだろうか?
……その答えは、誰に問わずともすぐに夏来の目の前に現れていた。
「__おい昴輝! お前考え無しで動くのも大概にしろ! 上手く行ったから良かったものの、俺が弓を使わなかったらどうするつもりだった?」
「きっと冬郷さんなら何とかしてくれるって信じて……って痛い! 痛いって! 頭グリグリ止めてよっ! それと見てないで助けてよ報世っ!」
「自業自得だよ、昴輝。大丈夫、後で泉源氏かけてあげるから、ね」
冬郷が両拳で昴輝のこめかみをグリグリと押している。
真面目に昴輝のことを考えていた最中にそんな様子を目前にし、夏来は思わず吹き出してしまった。
「……なぁ少年。アンタか? 京の町で昴輝について有ること無いこと吹き込んでるのは」
いつの間にか、夏来のすぐ隣にソウが立っていた。
豪快な笑顔を見せていたソウの表情が、夏来と目が合うと瞬時に真面目な表情に変わる。
夏来の瞳が一瞬見開かれたのを見て、ソウは夏来の答えを察したらしく、言葉を続けた。
「昴輝は確かに馬鹿だ。考え無しで動いて、失敗する事もザラにある。でもな、アイツはコッチが思い付かないような事もサラッとやりやがる。可能性の塊みたいなヤツなんだ」
「可能性の塊……」
「あれはもう天性のナンタラってヤツだな。さっきだってそうだ。選考試合で切った張ったしてるお前等が普段使わない武器を振り回してる姿を見て、町衆はどう受け取ったか、少年なら判るだろう」
ソウの言わんとしたことは夏来にも理解出来る。
自分達が選考試合で使わない武器を使う姿は、町衆達にはちょっとした余興に見えた事だろう。
それに町衆達は自分達がならず者達があっさりと倒していく様子を見て楽しんでいた。
図らずも、高千穂家の京の人達からの印象は良くなったと言える。
「ああいうのを考え無しにやってのけるのが昴輝ってヤツなんだ。……だからよ、少年。頼むから昴輝が生み出す可能性を潰すような無粋なことは止めてやってくれ」
ソウの言葉に、夏来は返事に窮した。
夏来だって別に昴輝を陥れようなどとは思っていない。
他意が十分に入っているとはいえ、基本的には当主の重責から解放してあげる事が昴輝のためになると思っての行動だ。
でもそれが昴輝の可能性を潰す無粋な行為だと、この老人は言っているのだろうか。
「少年のやりたい事の邪魔は極力しねぇさ。でもよぅ、昴輝のあの特性を無駄にするのは惜しいと思わないかい?」
「……確かに、そうですね」
「そういうこったぁ。ま、ちょっとは考慮に入れてやってくれ。手間は掛かるが最終的には少年の考える以上の成果に化けると思って、なっ」
そう言うと、ソウは夏来の頭をクシャっと乱暴に撫ぜる。
そして、そのまま昴輝のいる方へと向かい、同じように昴輝の頭を掻き撫ぜた。
「昴輝お前、弓使いじゃなかったんかぁ? 何だよあの槍捌きは」
「槍はかぁさんから教えて貰ったんだよ。接近戦になった時に使えるようにさ。ってソウさんも頭ゴシゴシやり過ぎで痛いって!」
「がっはっは! 耄碌爺からの愛情だ。ありがたく受け止めろよなぁ」
高千穂家では自分の本職以外の武器も訓練時に手習う。
夏来は雪衣に訓練を付けて貰った時に、刀の扱いを習得していた。
恐らく冬郷も弓使いであった父親から習っていたのだろう。
報世が薙刀の心得があった事は知らなかったが、恐らく彼も薙刀士の家族から教わっていたのであろう。
夏来は、ふと自分の右手に視線を移した。
手にはまだ、竜神刀を握った時の感覚が残っている。
自分の持つ厄払いの槍には福効果が付いているが、ああいった種の感覚は無い。
家にあった槍の属性武器である笹ノ葉丸を手にした時にも、あのような感覚を持つことは無かった。
一体、あれは何だったのだろうか?
ただ一つ言える話、夏来がこの感覚を知り得ることが出来たのは、昴輝が屋台の店主を助けようと判断してくれたからだ。
訓練時に習っていたとは言え、槍使いが生業である夏来が竜神刀を手にする機会なんてほぼ無い。そんな滅多にない機会を昴輝は夏来に与えてくれたのだ。
これもあのソウと名乗った老人が言う所の、昴輝が作り出す可能性の塊から生まれた奇跡なのだろう。
きっとこの先も昴輝は数々の驚く行動を見せてくれる。
それらは夏来が想定しきれないような奇跡を伴ってくれるのであろうか。
「さて、これからどう出るかな?」
夏来の口角から、自然と笑みがこぼれた。
夏来の視点から見た昴輝の話と、武器変えネタを同時に取り扱ってみました。
いやはや、着々と昴輝の人タラシ属性が開花している様子です。
そして、とうとうオリキャラまで登場させてしまいました。もう何でもアリっすね。
ソウさんはアレです。何か話が大きくなってきた茜葎の商売に関する設定を支えるために誕生した、ハイスペックイケオジです。
彼がいれば今後どんな無茶苦茶な設定が増えたとしてもどうにかしてくれると信じてる。
夏来に関してですが、彼は誰かを不幸にしたいとは思って無いけれど、場合によってはそうなっても致し方ないと考えるドライな部分がある子ですね。
中身がかなり捻くれていても表面的には実害が無い報世とは真反対といいますか。
その間に挟まるように裏表のない天然系男子の昴輝が居るという、世代内の組み合わせが中々面白い感じになってきました。
世代の中心もどんどん昴輝達に変わってきています。
彼らの今後が楽しみですね。
そして武器変えについて。
これはどこかのタイミングで絶対入れてやろうと思っていたネタです。
(武器変えネタ自体は既にやってはいますが、閑話で取り上げるのは初という事で)
今回はそれぞれ縁のある武器を選択して貰いましたが、1名程文句を言いそうな人がいるのはプレイヤー的には聞き流そうと思います。
個人的には普段後衛職の弓使いや大筒士が前衛職の武器を使っている所とか、沈着冷静そうな人が拳で立ち向かったりとか、そういうギャップが非常に好きです。
熱血タイプの後衛職も良き。可愛い子には槌を渡せ。武器変えいいよね武器変え。
……このプレイヤーは本当に武器変え好きなんだねって思った。