1021年6月 閑話:家族が集う意味

目前に広がった、未知の世界。


「あの……もしや貴方が初代当主……お祖父様……ですか?」

いつもの通り縁側で時を過ごしていた巡流めぐるの耳に、聞き慣れない男性の声が届く。
声のする方向へと視線を移すと、見知らぬ男性が巡流の近くに立っていた。

「……君は誰だい?」
「失礼しました。俺は高千穂たかちほ 永環とわの三男、高千穂 逢瀬おうせと申します」
「そうか、君が永環の、三人目の子供なんだね」
「はい。お祖父様の話は兄から聞いていました。お目にかかれて幸甚です」

逢瀬が嬉しそうに巡流へと話し掛け続ける。
……命音みことの時もそうだったが、見たことのない『子孫』と初めて話をする時は、何とも言えない気分になるな。
そんな事を巡流が考えていると、突然居間の方から大声が聞こえてきた。

「命音兄ぃー! すっごく会いたかったよ!!」
「ちょっと待ってくれ。そんな勢いよく飛びつくのは……うぐっ」

命音と、知らない女性の声だ。
直後、今から何やら大きな物音がした。

「……初瀬はつせの奴、またやらかしたな」

逢瀬はため息を吐くと、眉間に皺を寄せつつ居間へと足を向ける。
巡流も居間の様子が気になり逢瀬の後へと続いていった。

巡流は居間の状況を見て目を丸くする。
お団子頭の女性が命音に抱きついて、思いっきり命音の胸の中で泣きじゃくっていた。
命音は女性に押し倒された形になっており、床に思い切りぶつけたのだろうか、頭を抱えている。
そのすぐ近くでは子狐を肩に乗せた小柄な女性が立っていて、二人の様子をクスクスと笑いながら眺めていた。
逢瀬はわざとらしく大きなため息を吐くと、泣きついている女性へと言葉を投げた。

「初瀬。いくら久し振りに命音兄さんと会えたからって、命音兄さんに襲いかかったら駄目だろう」
「……襲ったりなんてしてないよ? ただ命音兄に甘えてるだけだもん」
「初瀬の甘え方は強烈過ぎるんだ。それと茜葎あかりも見ていたのなら初瀬の事を止めてくれ」
「ゴメンゴメン、つい面白くて止めるの忘れてたよ」

いきなり登場人物が増えて、理解が追いつかず眉を八の字にする巡流。
そこに物音を聞きつけた永環が現れた。

「どうしたの、いきなり大きな音を立てて……って、初瀬に逢瀬? それに、そこにいるのはもしかして信武しのぶの……」
「あ、おばーちゃんだ。そっか、おばーちゃんもココに来てたんだ。二度目まして」
「母さま! 母さまもここに来てたんだねっ! うわーん!!」
「お久しぶりです、母上。お元気そうで何よりです」

正しく猪突の如く永環に抱きついたお団子頭の女性は、永環の胸の中で再び泣き出した。
永環は勢いよく突っ込んできた女性を何事も無く抱き止め、赤子のようにあやしている。
その様子を呆れかえりながら見ていた逢瀬は、申し訳なさそうな顔をして巡流の方を向き話しかけた。

「お祖父様、お騒がせしてしまいすみません」
「……これは、一体何が起きてるんだい?」
「巡流さん、僕から紹介しますよ」

打った頭を痛そうに擦りながら命音が起き上がってきた。

「まずは今、巡流さんの隣に居るのが逢瀬。僕の弟です。そして今、母さんに抱きついて泣いているのが初瀬、僕の妹です。二人は双子なんですよ」

そう言われて巡流は思い出した。
以前、永環が三回目の交神時に双子を授かったと説明を受けたことを。

「そして、向こうで何故か子狐を肩に乗せているのは、茜葎。兄さんの娘です」
「信武の……娘?」
「ええ。兄さん似の、初瀬とはまた違った意味で活動的な子だよ」
「へぇ、あなたがおとーさんのおじーちゃんなんだ」

茜葎が興味津々な顔をして巡流に近付いてきた。

「うーん、確かに『ずんぐりむっくり』じゃないや。アレを見ておとーさんが怒るのも判る気がしたよ」

茜葎の言葉に命音が軽く吹き出した。

「ずんぐりむっくり……?」
「すみません巡流さん。実は地上に僕達の活動を称えた像が建立されていまして、元にしたのが巡流さんだったらしいのですが……」
「ソイツがこれでもかって位に全然似てない、ずんぐりむっくりなオッサンの像でさ。さすがにアレはないだろって怒りが湧くレベルのサイテーな出来だったぜ?」

数日前から屋敷内で姿を見なかった人物が、巡流に近付きながら声を掛けてきた。

「よっ、じーさん。ただいま」
「兄さん、やっと帰ってきたんだ。もう二度と家には戻らないのかと思ってたよ」
「全く、家を空けるときはちゃんと連絡しなさいって言ってるでしょ? ご飯の準備とかあるんだから」
「悪ぃ悪ぃ、ちょっと野暮用続きで中々連絡出来なくてさ。でも丁度いいタイミングに帰ってこれたみたいで良かったぜ」

そう言うと、信武は茜葎の方を見て、茜葎の頭に手を乗せ優しく撫ぜた。

「久し振りだな、茜葎。最後に見た時よりも随分といい顔してるじゃないか。……向こうでしっかり頑張ってきたんだな、偉いぞ」
「何だよソレ、ボクのこと子供扱いしてさ……」

父親との再会に、茜葎の顔は今にも泣きそうな、でも嬉しそうな表情に変わった。
茜葎を見つめる信武の視線はとても優しく、しっかりと父親の顔をしている。
今まで見たことのない信武の表情に巡流は驚いた。

__そんな、少ししんみりした空気をぶち破るかのように、初瀬が大声を出した。

「あっ! ねぇねぇっ、もしかしなくてもコレって、今のところの家族全員が居間ココに集まってる状態?」
「……確かにそうね。少なくても私が知っている範囲では全員居るかしら」

永環が周囲を見渡すと、そう答えた。
それを聞いた初瀬が、いかにも「面白い事を思い付いた!」といった楽しそうな表情を浮かべた。
つい先程まで大号泣していたとは思えないほどの変わり身である。

「母さまっ。折角だからさ、今から宴会しない? 久し振りに母さまの作ったご飯が食べたいし、アタシ達兄弟も全員揃ったんだから再会のお祝いをしようよっ!」
「ええっ、今から? 初瀬は本当にビックリするような事を突然言い出すんだから……」
「まぁいいじゃねぇか。折角だから屋敷の外で食うか?」
「あっ、信武兄、それいい案! 遠足気分でご飯を食べるのって楽しいもんね!」
「全く、兄さんも初瀬も気軽に言うよ。準備するこっちの身にもなってくれ」

兄と妹の発言に命音が呆れた声を出す。
しかし、態度とは裏腹に「弁当の中身、どうしようかな……」と乗り気の様相を見せていた。
それを確認すると、改めて信武が皆に号令を発した。

「よっし、昼飯を兼ねて外で『ピクニック』だ! 皆、用意しようぜ!」
「おー!」
「初瀬、調子に乗るなよ。ホラ、準備に行くぞ」
「うん。一緒に行こ、逢瀬っ」

各々が得意分野を生かし、徐々に遠出の準備を始める中、巡流は困惑した表情でその様子を眺めていた。
話の展開が早すぎてついて行けない。
ただただ、皆があちこちと動き回る姿を見送る事しか出来なかった。

「んじゃ、再会を祝して、カンパイ!!」

信武のかけ声に合わせ、皆が飲み物の器を高く掲げる。
それを見た巡流も、皆と揃えるように手に持った器を掲げた。

この場所は信武が見つけてきた、彼曰く「ピクニックやデイキャンプには持って来いな場所」だ。
近くに川が流れており、木々もほどよく立ち並んでいる。その中でもひときわ大きい木の下で家族達は団らんの時間を過ごしていた。
辺り一面は草原や木々が広がり、少し離れた場所にぽつりと高千穂の屋敷が見えるのみ。
梅雨の季節だがここ1〜2日は晴れ間が続いており、今も頭上には突き抜けるような青空が広がっている。
季節柄少々蒸し暑い所もあるが、木陰で寛ぐには十分快適な気候。まさに遠足日和と言えるだろう。
この場所に暮らすようになってからの時間が長くなってきた巡流だが、屋敷の近くにこのような場所があるなんて知らなかった。

永環と命音が用意した重箱には、色とりどりの料理が美味しそうに盛り付けされている。
家族達は皆、それらに舌鼓を打ちながら、思い思いに楽しい時を過ごしていた。

「ねぇ信武兄、久し振りに占いしてよ! 恋愛運っ!」
「いいぜ。ココに来てからコイツタロットに触る機会も増えたからな、色々出来るようになってるんだぜ……ってお前、何かやらかしたのか? 現在を表す位置に崩壊を意味するカードが出てるぜ?」
「えええー!? アタシ何もしてないよ?」
「……あ、ボク何か判った気がした」

「……見たことのない形の料理ですが、とても美味しいですね。母上、これは何と言う料理ですか?」
「それはタコさんウインナーね。命音が持っていた料理の本に載っていたのを作ってみたのよ」
「タコの料理ですか。乾物でしか見たことがなかったので、全然気が付きませんでした」
「いや、これはタコの形を真似た食べ物だよ。ウインナー自体は向こうの京には無い食材だから、逢瀬達の口に合うか心配だったけど、美味しかったみたいで良かった」
「ご配慮ありがとうございます、命音兄さん。こちらの世界には京とは違う食材がいっぱいあるのですね。これから毎食が楽しみになってきました」

会話が弾む様子を眺めつつ、巡流は出汁巻き卵に箸を伸ばした。
最近は甘い卵焼きや醤油の味がする卵焼きが食卓に上る事もあるが、やはりこの味が一番巡流の中ではしっくりくる。
地上に居た頃から食べていた、永環の作った出汁巻き卵だ。

ふと、巡流はあの頃のことを思い出した。
まだ永環とイツ花、そして幼い信武と暮らしていた、地上にある高千穂の屋敷での事を。
当時はとても屋敷内は静かだった。
時々イツ花が伺いを立てに来たり、信武が屋根上や床下から突然現れたりする事もあったが、屋敷に居る殆どの時間において巡流の周囲は静寂だった。
今みたいに家族で楽しそうに会話をする声が聞こえてきたりなんてしなかった。

巡流は永環へと視線を向ける。
子供達とお喋りをしている永環は、とても嬉しそうだ。
自分といる時の永環は、こんな顔を見せたりはしない。少し困ったような表情を浮かべて、話すときも一歩引きがちで……。

巡流の視線が徐々に下へ向いていく。
そんな様子にいち早く気付いたのは、初瀬だった。

「ねぇっ、巡流さん」
「ん? ああ、なんだい」
「巡流さんも信武兄に占って貰ったら? 信武兄の占い、すっごく当たるんだよ!」

ニッコリ笑顔の初瀬を前に、巡流はどう反応すれば良いのか判らず、困った表情を浮かべる。

「信武兄っ、巡流さんの事を占ってあげてよ! 何か簡単に出来そうな占いってある?」
「ああ、それなら一枚引きワンオラクルでもするか。それっ」

信武は、持っていたカードの中から適当に一枚引き抜いた。
絵柄を確認すると、巡流の方へと向ける。

「カップの7、か。夢や理想に手が届かないとか、最初の一歩が踏み出せないとか、そんなトコだな。なぁ、じーさん。何か望みでもあるのか?」

信武に問われ、巡流は答えに窮した。
この場所に来て以降、巡流は何度それを自問した事だろうか。

『貴方が望めば、欲しいものも用意するわ』

あの日の女神の言葉が脳内で反芻される。
今現在自分の置かれている状況が自身が望んだものなのか、それすらも判らない。

巡流が存在する理由は朱点童子討伐。ただそれだけ。それしか無かった。
だから理由を無くした今、この場所で自分が生きている意味が分からない。
何をすれば良いのか、どうすればいいのか、何度考えても出てこないのだ。

皆は巡流の回答を待っていたが、巡流から言葉は出ない。
そんな巡流に初瀬は優しく言葉をかけた。

「巡流さんはもっとアタシ達の事、頼ってもいいんだよ」

家族に、頼る?
今だって自分では何も出来ず、永環達に全面的に頼って生きている状態だ。
これ以上何を頼れば良いのだろうか?

「そうやってみんなから一歩引きがちだから、巡流さんにはアタシ達が遠くにいるような感じになっちゃってるんじゃない? 思った事でも判らない事でも何でもいいんだよ。アタシ達に遠慮無く言ってみて。そうしたら巡流さんの望んでいるモノが見つかるかもしれないよ?」

その言葉から巡流は気付く。
永環といる時、一歩引いた態度を取っていたのは永環では無く自分だった事を。
望みが判らないと思い悩むだけで、自分からは何も行動を起こしていなかった事を。
そんな自分に対して、永環達は何度も話しかけてきてくれていた事を。

困惑の表情のまま、巡流が黙り込んでいる。何かを紡ぎ出そうとして言葉を探しあぐねている。
そんな様子の巡流に対して、初瀬はニッコリ笑ったまま自分の両手を巡流の方へと伸ばした。
そのまま両手の人差し指を使い、巡流の口角を無理矢理押し上げる。

__瞬間、初瀬以外の全員の目が点となった。

「笑った方がいいと思うよ? そうすればみんなも近付きやすくなると思うんだ。ほらっ、ニッコリ!」
「お、おい初瀬。お祖父様……巡流さんに、そんな失礼な事をするんじゃない……」
「あはははははっ! さっすが初瀬だ!! そんな事じーさんに出来るのはお前だけだよ!」

焦って止めようとする逢瀬と、大笑いをし出す信武。
すると徐々に他の家族達もクスクスと笑い出す。
巡流に対して笑顔を見せることが少ない永環も、巡流を見て笑っていた。

何がそんなに面白いのか巡流にはさっぱり理解出来ない。
でも、何故だろうか。今までよりも家族との距離を感じない気がする。
これが信武が言っていた最初の一歩、なのだろうか?

巡流は、もう一度口角を上げようと自分の人差し指を当てようとしたが、命音から「無理に上げなくてもいいですよ」と窘められた。

「今ので十分伝わりましたから。巡流さんが僕達に近付こうとしてくれた事は」
「まっ、これからはじーさんも縁側で根っこ張ってないで、あっちこっち動き回ってオレらの様子を色々見ていくといいさ。どっかに切っ掛けがあるかもしれないからな」

信武の言葉に、巡流は首を縦に振った。
確かに信武の言う通りだ。一人一人違う性質を持つ家族達の様子から何かを掴めるかもしれない。
今後、高千穂の家にはまだ知らぬ家族が増えていく。その度に新しい知見が増えれば、その先に自分の求めた答えが見つかるかもしれない。

「こうやって外で皆と過ごすのもいいモンだな。そうだ、こういう時用に外で肉とか焼いたり出来る道具や布で出来た簡易的な小屋みたいなモノを取り寄せてみるか。使ってる所を見たことあるけど結構楽しそうだったぜ?」
「用意するのは別にいいけど、それを実際に準備したり使ったりするのは誰だと思ってるんだよ。僕達ばかりにやらせないで、兄さんも少しはそういう所を考えてくれ」

「しっかし初瀬さんも度胸あるよ。巡流さんにあんな事出来るの初瀬さん位だ。ボク、ある意味尊敬するな」
「何よ茜葎。褒めても何も出てこないからね?」
「初瀬、誰も褒めてはいないぞ。全く、今後もコレが続くのかと思うと頭が痛いな。少しは大人しくしていてくれ」

家族がまた各々会話をし始めた。
相変わらず巡流は会話に入っていけない。
でも、何故だろうか。先程よりも会話の内容が身近に感じるようになったような気がしてくる。
もしかしたら今目の前で繰り広げられているモノが、あの日の僕には見えなかった、信武の視線の先に映っていた光景なのだろうか?

「あの……当主様。子供達が色々と言っていますが、あまり真に受けないで下さいね……?」

遠慮がちに永環が巡流に話しかけてきた。
まだ永環とは距離を感じるが、それでも今までとは何かが違う。
捉え方一つでこれほど世界が変わるものなのだと巡流は悟った。

「……永環」
「は、はい。当主様」
「色々至らない所もあるけれど、これからもよろしく頼むよ」
「……畏まりました」

いつか永環も他の家族と同じように、親しく自分へと話しかけてきてくれるようになってくれるだろうか?
そんな日が来てくれるよう、少しずつでも変わっていきたい。
きっとそれが後に自分の存在証明へと繋がるのだろうと信じて。

__巡流は未だ気付いていない。
自分の中に小さな「望み」が生まれていたことに。


天界側に四兄弟+茜葎が揃いました。
信武だけでも十分賑やかですが、四兄弟……特に初瀬が加わると場がお祭り状態になりますね。
巡流も今回ようやく人生のリスタートを切りました。ここまで辿り着くのに何年かかったのやら。

俺屍の初代当主ってどのタイミングでアイデンティティを確立したんだろう?
当家の初代はこんな感じでこれから確立していくような状態です。
今後どんな風に巡流が変わっていくのか、これから訪れるであろう一族がどういう形で巡流と関わっていくのか、楽しみですね。

勿論、初代のリスタート以外の話題も書いていく予定です。
その辺は今後徐々に明らかにしていこうかなと思っていますので、是非お付き合い頂けたらと。