絆。それは幸福の象徴。
白骨城へと続く無残ケ原の入り口。
昴輝と冬郷、報世の三人がその場所に辿り着いた時、待っていたかのように黄川人が昴輝達の目の前に現れた。
「やぁ君たち、ちょっと振りだね」
「うわっ、びっくりしたっ!!」
昴輝が驚きの声を出す。
だが、そんな昴輝の言葉とは裏腹に三人が即時に臨戦態勢を取っていたのを見て、黄川人は茶化すように笑い出した。
「びっくりした、って言いながらもしっかり戦う用意が出来てるじゃないか。さすがは当主様だね?」
「ううっ、君まで当主様とか言わないで欲しいんだけど……」
「だって先月、あんな盛大に僕の目前で当主交代をしていたじゃないか。あの時の指輪、今しっかりと付けてるみだいだしさ」
「そりゃそうなんだけどさ……」
拗ねる昴輝の様子を見た冬郷は、わざとらしく息を吐く。
「いい加減観念しろ。別に全部お前がやれと誰も言っていないだろう?」
「そうだよ昴輝。肩の力を抜いて、ね」
優しく諭す報世に「報世も少し位オレの事庇ってよー」と泣きつく昴輝。
そんな高千穂家の三人のやり取りを見ながらも、黄川人は本題を話し始めた。
「まぁその話は取り敢えず置いておいてさ。僕、君たちに聞いてみたいことがあるんだ。……先月の前当主さんの言葉、ぶっちゃけ君たちはどう思ってるんだい?」
その問いに対して、真っ先に答えたのは冬郷だった。
「納得出来る訳無いだろう? 自分が望む未来の為に、他人の未来を奪うなんて許される話じゃない」
それに……と言葉を続けながら、冬郷は何となく照れくさそうに、語気を弱めた。
「……アイツは自分の選択を愛だ何だと言っていたが、本来愛とは人を傷付けるものじゃないだろう? 人を傷付ける愛なんて、俺には間違っているとしか思えない」
「なるほどね、じゃあ君はどう思う? 僕、いまいち君の考えてる事が判らなくてサ。いい機会だから聞かせてくれないかな」
黄川人は報世に向かってそう言った。
この言葉を受け、報世はあくまで冷静に、そして落ち着いた様相で黄川人の問いに答えを出した。
「僕は……そうですね。母君の仰る愛というのが、今の母君を支え成り立たせてくれている、母君にとって何よりも必要なものなのでしょう。今の僕には母君の真意は理解出来ていません。でも、きっともう少し先になれば母君が言わんとしていた事が現実になってくれると思うので、その時になれば僕にも理解出来るようになれるのかなと思っています」
報世の言葉に「ふーん」と答えつつ、ニヤニヤと妖しげな笑みを浮かべる。
「実の親子でも腹の底は見えないって、ね。……じゃあ最後に赤毛の当主君に聞いてみようかな?」
黄川人、冬郷、報世の視線が昴輝に集中する。
三人とも「昴輝の事だから焦って何を言っているのか判らない状態になるだろう」と思っていたのだろう。
しかし実際の昴輝は違った。とても真剣な表情で考え込んでいた。
そして、考えついた結論を、言葉を懸命に選びつつ紡ぎ始めた。
「良いとか悪いとか、そういう絶対的な話じゃ無いと思うんだ」
「……それはどういう意味だい?」
黄川人が昴輝に問いかける。
「前に雪衣さんが言ってたんだ。人によって正解は無数に存在する。朱点童子だって、彼なりの考えがあるからオレ達に呪いを施したんだ。その選択がどれだけオレ達を傷付けていたからって、朱点童子は自分にとっての正解を選んだだけなんだから、オレ達が否定したって意味が無いんだ、って」
昴輝は、黄川人の顔を見た。
その瞳はしっかりと、そして真剣味を帯びた状態で黄川人へと向いている。
「だから雪衣さんにとってあの言動は正解であって、オレにはオレの、君には君の正解がある。それを他人がアレコレと言う必要なんて無くて、ただ自分が望む正解を自分で選べばいいだけなんだ」
そこまで言うと、昴輝はニッコリと笑った。
「オレの正解は……みんなと仲良く暮らしたい。ずっと、笑い合って、楽しく日々を過ごしていきたい。勿論、君も含めてだよ」
黄川人は目を丸くする。
冬郷も報世も驚いた顔で昴輝を見ていた。
「みんなの事、大好きだから。信じているから。ずっと一緒に居たいから、その為にオレは頑張るんだ」
驚きの表情のまま、黄川人が言葉を返した。
「……とんでもないお人好しな答えだね。そんな甘い事を言っていると、そのうち君を唆し騙すヤツが現れて、君が痛い目に遭う日が来るかもしれない。それでもいいのかい?」
「他人を傷付けようとする人達がこの世の中には居るんだって事はオレだって知ってるよ。でも、そんな事を気にしてたら誰とも仲良く出来ないし、何も出来なくなっちゃうじゃないか。そんなの勿体ないよ。相手がオレの事が好きとか嫌いとかなんて関係ない。オレはオレと関わる全ての人達の事が大好きだし、信じてるし、仲良くしたいんだ」
昴輝の言葉に、報世の肩がピクリと反応した。
そのまま報世は俯き、まるで信じられないモノを見たかのような驚愕の表情を浮かべる。
報世の脳裏には、失ったあの日の、もう居ないあの人の言葉が思い浮かんでいた。
『報世がどんな子だとしても、アタシは全然気にしないし、ウチの家族はみんな受け入れてくれるよ?』
何でお前はそこまで言い切れるんだ。
お前はあの女に自分の家族を殺されているんだぞ?
肉親が死んだとき、あんなに泣きじゃくっていたじゃないか。
それでも、それなのに、何であの女を庇って、笑っていられるんだ。
……正気の沙汰じゃ、ないだろ……?
そんな報世の心情に答えるかのように、昴輝は言葉を続けた。
「雪衣さんはあの時『今は理解されなかったとしても必ず今後の為になる』って言い切ったんだ。だから、それがオレにとってどんなに辛い出来事を引き起こしたとしても、オレは雪衣さんの言葉を信じてる。その上で、オレはオレが望む今できる最大の正解を選ぶんだ。自分が選んだ正解が幸せを運んでくれるって信じて」
黄川人は淀みなく言い切る昴輝の笑顔を切なげな表情で見ていた。
「君は真っ直ぐだねェ。羨ましい位だヨ。……君の正解が皆の正解だったら、こんな事にはならなかっただろうに」
そう言うと、遥か遠くにそびえる白骨城へと視線を向けた。
「白骨城(ここ)の連中に比べれば、君たちは幸せなほうかもね?」
__黄川人が去った後。
昴輝はつい先程まで黄川人が居た場所をじっと見つめていた。
束の間の後に目を閉じ、深呼吸をすると背後に居る報世と冬郷の方へ振り返った。
その表情は、昴輝らしい満面の笑顔である。
「じゃ、行こっか!」
冬郷と報世は、昴輝を眩しそうな表情で見ていた。
まるで尊いモノを見ているかのように。
昴輝は自分の正解を信じている。
だからこそ、その笑顔は無邪気で、屈託無かった。
今回は前回の話を受けての内容になっています。
雪衣の言葉をどう解釈したのか、三人三様ですね。
ただ一つ「誰も肯定していない」って事だけが共通点なのかなと。
同時に、昴輝が当主っぽい見せ場も作れたのかなと。
報世と冬郷の二人も、この時に昴輝が当主なんだと思えるようになったのではないでしょうか。
ちなみに報世の黄川人へ返した答えを彼の本音を使って要約したのがコチラ。
「あの女の事は全く理解出来ない。あんな状態じゃそのうち痛い目に遭うんじゃないのか。ま、その時が見物だな」
……相変わらず酷いことを言っていますねぇ。
ああ、昴輝が神々しく見える。
その光をいつまでも失わないでいてくれるのを切に願うよ。