1019年8月 閑話:一族の母として

報本反始。

俺屍において一族の結束を促し朱点童子打倒へと邁進する理由は幾つかあると思います。
例えば源太夫妻の出来事を切っ掛けとした復讐心だったり。
早く命を散らせてしまった初代当主の無念だったり。
そういった「一族全体の理念」が固まるタイミングというのは、基本的には初代当主の期間ではないかと思われます。

ところが高千穂一族の場合、今までそういった確固としたモノはほぼありませんでした。
理由は、巡流の死去により一族の成り立ち部分でリセットが入ってしまったから。
何せ周囲には巡流の意図が全然伝わっておらず、更に巡流は自分に関わる一切合切を消して逝ってしまいましたからね。
遺された永環と信武からすれば、散々振り回しておいて結局仕切り直しって何だよって話ですよ。

この件については、永環と信武が巡流の生き様を否定的に受け取っていたのも影響していると思います。
永環と信武からは巡流を反面教師にしている傾向が出ていましたからね。

そして今回、永環の死によって高千穂一族は再び転換期を迎えます。
大切な母親を呪いが原因で早々に喪った事を切っ掛けに、四兄弟は結束し朱点童子打倒を胸に誓うようになった訳です。
永環を一族の要として。
ここでようやく、俺屍の一族らしい面が出てきたような気がします。

………………が。
ただ一人、信武だけはあまり良い反応を見せていません。
まぁそうだよなぁ。そもそも永環を苦しめていたのが、一族の悲願に拘った巡流の理念だったから。
同じ理念を再び掲げることに信武が抵抗感を出してしまうのは仕方ない話で。

一族を纏める要が永環になってしまう状況にも信武は不服なのでしょう。
永環が要となると言う事は、一族の根源が永環であると言う解釈も出来ます。
即ち高千穂一族の系譜から巡流以前を除外すると言う意味にもなってしまう訳で。
自分は巡流から当主職を引き継いでいるのに系譜に巡流の名が無い、と言うのは信武にとって認められる話では毛頭ないよね、と。

しかし永環が亡くなった今、初代当主の事を知っている一族は信武だけ。
命音以降の一族には、よく判らない源太夫妻や初代当主よりも、四兄弟の分岐元であり子供達に色んなモノを遺してくれた永環が実質的な始祖だと考えるのは自然な話なのかもしれない。
そして子々孫々この理念を受け継ぐ度に、一族にとって永環の存在は「一族の母」と言う形で大きくなっていく。
…こうやってどんどん巡流の痕跡が高千穂家から消えていく現実を、信武は中々受け入れられないんだろうなぁ。

「本に報い始めに反る(もとにむくいはじめにかえる)」
高千穂家初代当主・巡流の信条である「報本反始」の由来となった「礼記:郊特牲」における該当部分の訓読です。
巡流の生前、この信条を生かしきれなかったなと思っていたのですが、今更ながら意味が出てきたように思います。

高千穂一族が朱点童子打倒を誓う切っ掛けとなったのは、永環の存在があったから。
それは永環より先に逝ってしまった巡流にも、永環が遺していった四兄弟にも言える話。
巡流の信条が「報本反始」だったのは、もしかしたら巡流が一族の始まりには成り得ない事を暗に示していたのかもしれない。

……いやもう何で巡流は報本反始を信条に選んじゃったのさ。
四文字熟語が良かったなら焼肉三昧にでもしておけば良かったじゃん、肉食えよ肉!
焼肉は美味しいし力も沸くし楽しく食べられるしで幸せづくめだよ、ね??
(単にプレイヤーが食べたいだけです)

蛇足。
今回の閑話の前日談。
閑話に入りきれないエピソードはプロット垂れ流しで対応するスタイル。


「それじゃイツ花、お願いね」
「はい、確かにお預かりしました」

イツ花の手には藍・緑・青・紫の生地を使った4枚の巾着袋があった。
それぞれ信武・命音・初瀬・逢瀬の分である。

家族の為に出来る最期の大仕事。
色々考えた末に、永環は家族の為に自分が得意とする裁縫で人数分の巾着袋を作成した。
本当は皆に着物を仕立ててあげたかったのだが、全員分を用意するには時間が無さ過ぎたので、巾着袋に彼らに似合うであろう色合いの生地を使う事でその思いを代替する事にしたのだ。
布団から出ることすら辛い状態の永環には大変な作業だったが、巾着袋は無事満足いく状態に仕上がった。
そして、永環はもしもの時の為にと、イツ花へ巾着袋を託したのだった。

「それと、イツ花にもこれを」

そう言って永環が差し出したのが、黄色い生地の巾着袋。

「これはイツ花の分。イツ花も私達の家族だから…ね」
「永環様…ありがとうございますっ!」

心の底から嬉しそうに笑うイツ花。
その笑顔を見て、永環もつられて笑う。

ふと、イツ花は永環の手元に視線を移した。
永環の手には、まだ2枚巾着袋が残っている。

「あの…ソレってもしかして」
「ああこれ?一つは私の、もう一つは……」

言葉を濁す永環。
少しの間の後、橙の巾着袋をその手に残し、赤い巾着袋をイツ花に差し出した。

「これは片付けておいてくれる?一応作ってはみたけど、もう渡す相手は居ないから…」
「…畏まりました、永環様」

寂しそうな表情を浮かべながらイツ花は赤い巾着袋を受け取る。
永環は自分の手から赤い巾着袋が離れていったのを確認すると、小さいため息を一つ零した。

ふと、永環は昔の事を思い出す。
永環の中で一番古い記憶、両親と過ごした幼い頃の思い出を。
父に抱き上げられ、母に髪を結って貰ったあの遠い日が、今まで永環が生きてきた中で一番幸せな時だった。

ずっとあの穏やかな時間が続いて欲しいと望んでいた。
なのに、何でこうなってしまったのだろうか。
永環の瞳がじわりと潤む。

……懐古に浸り過ぎたのだろうか。
何処からか両親の声が聞こえたような気がした。
あの日と同じように永環の名を呼ぶ声が。
その声に、目を細める永環。

その声はとても心地よく永環の胸を暖かく満たしていく。
こうやって二人に名を呼ばれながら眠るのは、とても心地良かった。
父の腕の中、母に頭を撫ぜられながら、呼ばれる名前を子守歌にしたあの頃のように、永環は思い出の中の両親に体を預けていく。

__そして永環は、そのまま自分の布団に倒れ込んだ。
その様子を見ていたイツ花の表情が変わる。

「永環様っ!?……お気を確かにっ、今皆様をお呼びしますからっ!!」


虹は吉兆。どの色も欠かせない。

それにしても…。
永環の寿命は、当初巡流が想定していた、巡流の寿命の時期と同じ。
『子供達が揃い全員討伐可能となった夏頃』
ある意味、皮肉な結果となってしまったなぁ。