1019年2月 閑話:オレがオレである為に

たった一つだけの痕跡。

当主名ミドルネーム化爆誕秘話。

そんな訳で、これから信武は巡流の名をミドルネームとする事にしました。
どうぞこれからも高千穂 巡流 信武、及び高千穂家をよろしくお願いします。
めでたしめでたしー。

…おちゃらけはこれ位にして。

俺屍では初めての当主交代時に、新しい当主となる一族が「初代の名を継ぐ」と言い出します。
高千穂家で例えると、そう言いだすのは信武です。

勿論これは巡流の遺志を継ぐ、と言う意味もあるのですが、高千穂一族にはもう一つ意味があるのかなと。

話は巡流の最期まで遡りますが、巡流は自分を含めて、自分に関係するもの全てをこの世から消し去る事を望みました。
…つまり、今の高千穂家には巡流に関係する私物は一つもありません。
多分、信武達は巡流の埋葬場所すら知らないのではないかと思います。

(当主の指輪は巡流関連ではありますが、これはあくまで「高千穂家当主の証」であり巡流の私物では無い事と、巡流死去時の「言霊」が強く残っていて懐古の対象としては不向きかと思われるので対象外かと。多分巡流もそれを見越してあのタイミングで信武に渡していたと思います)

巡流の今際の際、信武はそんな巡流の真意を悟ったんだと思います。
だからこそ「じーさんの存在を消してなるもんか!」と言う一心で「名前を継ぐ」と言い出したのでしょう。

いくら巡流の遺言だからとは言え、イツ花もやっぱり「巡流を消す」事に抵抗があった筈です。
巡流にとっては不本意な申し出だとは承知の上で、当主名の継承を半ば強引に願い出たのかと思います。
イツ花自身も「お許し下さい」って言ってるしね。

でも巡流は「アンタの事を絶対に忘れたりしない!」って言われて、本心は嬉しかったと思いますよ。
自分を消すと言う選択は、元々家族の為のものでしたから。
だから、たった一つだけ、名前と言う痕跡を残して逝ったのだと思います。

…まさか、ミドルネーム化された上に、読み方まで変えられるとは思ってもみなかったとは思いますけどね。

まぁでも、それを巡流が知ったとしても、少しだけ苦笑いをしつつ許してくれますよ。
家族交流に失敗しまくった巡流の、数少ない家族との嬉しかった思い出の証が大切に残り続けるのですから。


蛇足。
閑話「視線の先へ」直後の話。
プロット状態ですが、せっかく書いたので。
(閑話として差し込める場所もないので)

巡流の最期の言葉を聞いた信武の体は震えていた。
隣では永環が顔を伏せ、肩を震わせているが、信武の震えの理由は永環とは全く違っていた。
完全に動かなくなった巡流に向かって、震えそうな声を何とか抑えながら、信武は声を上げた。

「……バカな事言ってんじゃねーよ!!」

信武の声に、永環とイツ花は驚いて信武の方を見る。

「何が忘れてもいい、だよ!クダンネー事言ってんじゃねぇ!そんなのオレは許さないっ!!」

巡流から託されたばかりの指輪に目をやる信武。

「じーさんの存在を消してなるもんか!」

信武はイツ花の方を見た。

「イツ花、オレはじーさんの名前を継ぐ」
「え?巡流様の名前を…ですか?」
「ああそうだ、あんな身勝手ヤローの思い通りになんて、させてやんねーよ」

そして、改めて、もう何も反応を見せない自分の祖父に向かって、叫んだ。

「オレは、アンタの事を絶対に忘れたりしない! だからオレは、アンタの名前を名乗ってやる!アンタの願いも一緒に抱え込んでやるからなっ!!!」

信武の咆哮は、もう巡流には聞こえていない、けれど。

「大丈夫よ、信武。ちゃんと届いてる。ほら見て、笑ってる」

声を震わせながらも、永環はそう信武に伝えた。
確かに、巡流は微笑んでいた。
少なくとも、この場にいる三人にはそう見えた。

「普段笑わない人なのに、ほら、あんなにも…」

永環は、もう限界だった。
息子の、新当主の前だと言うのに、耐えきれずしゃくりをあげる。
まるで幼子のように、両手で溢れんばかりの涙を拭う。

信武は、母から目を逸らした。
きっと息子には、今の姿を見て欲しく無いだろうから。
そして…。

信武の両目からも、雫が落ちる。
自分の今の姿も、母親に見られたくなかったから。