その力があれば、全てが上手く行くはずだった。
「冬郷、ここに居たのか」
高千穂邸の一角にある道場に逢瀬は姿を現すと、そこに冬郷の姿を確認し、ホッとした顔を見せる。
茜葎との口論の末に居間から飛び出していった冬郷は、道場で俯いたまま立ち尽くしていた。
そんな冬郷に近付きながら、逢瀬は話しかけた。
「……あまり思い込まない方が良い。冬郷の考えだって間違ってはいないんだ」
冬郷は顔を逢瀬の方へと向ける。
その表情は、悔しそうな、納得いっていないような、そんな表情だ。
「父上は、俺にそう言いながら、茜葎の肩も持つのですか?」
「肩を持つとか、そういう話じゃない。討伐に集中出来なかった茜葎にも非はある」
「なら俺の非は何だというのですか! 俺は早く朱点童子を倒したい。この気持ちの何処が間違っているのですか!」
「冬郷……」
「父上だってよくご存じでしょう、今回俺達が大江山で成した事はっ!!」
そう言われて、逢瀬は言葉に窮した。
冬郷の言う事は尤もだ。
親の欲目が入っているかもしれないが、大江山における冬郷の活躍は賞賛して然るべきものだと思っている。
それに母を早くに亡くした自分からしても、その原因を作った朱点童子に一矢報いたい……その気持ちは確かにあるのだから。
「……冬郷の言う通り、大江山での一月から考えると、俺達は朱点童子を狙える所まで来ている。恐らく、だがな」
「父上、ならば……」
「しかし、それと同時に茜葎が自分の子を思う気持ちも理解出来るんだ。俺は、お前の父親だから」
「えっ……」
「父親として、自分の子供である冬郷を大切にしたい、少しでも冬郷のために何かしてやりたい、俺もそう思っている」
逢瀬は少し寂しげな、でも優しい笑顔を冬郷に見せた。
そんな父親の笑みを見て、今度は冬郷の方が何も言い出せなくなってしまった。
「冬郷は強くなったな」
そう言うと、逢瀬は冬郷の頭に手をやり、優しく撫ぜた。
冬郷は少し照れた表情を見せる。
「……俺はまだまだですよ。もっと経験を積んで、父上みたいな立派な武士になりたいです」
「何を言っているんだ。冬郷、お前は俺がずっと欲しかった力を既に持っているんだぞ」
そうなのだ。
冬郷は、逢瀬がずっと望んでいた「力」を持っている。
このまま成長すれば更に強靱になると思わせる、恵まれた筋肉質な体格。
薙刀士として前衛で十二分に活躍しているその姿。
それらは全て、逢瀬が幼かった頃に心の底から欲しかったものだった。
その力を得た冬郷が今望んでいるのは、宿敵である朱点童子の打倒。
仮に逢瀬が望んでいた力を得ていたとしたら、今の冬郷と同じく朱点童子打倒へ大きく心を傾けていたのであろう。
つまり、冬郷は逢瀬自身が辿り着きたかった未来を歩んでいるのだ。
子供が自分が望みを体現してくれた事は心の底から嬉しいし、誇らしいと思う。
同時に、少しだけであるが、悔しさと寂しさも入り混ざる。
この清濁合わさった思いを、きっと人は「親が子に託す」と表現するのであろう。
そして、現状に不安も湧き上がる。
このまま、冬郷が望むままに突き進んでしまったいいものなのか。
本当に、俺達は朱点童子を倒すことが出来るのだろうか。
朱点童子を倒した後の自分達に、何が残っているのだろうか……。
去年の冬、兄の信武が大江山へ行かない選択をしたときの事を、逢瀬は思い出した。
あの時の逢瀬には、信武がなぜそのような決断をしたのか、頭では理解しても心中では咀嚼しきれなかった。
でも、今なら判る。
あの決断は、自分達家族の「心」を傷つけない為のものだったと言う事を。
冬郷の気分を害した茜葎の言葉も、つまりは同じ意図なのだ。
……少々言葉が悪かった部分は否めないが。
今年の大江山討伐は、現当主である雪衣が決めることだ。
一族郎党である逢瀬達は、それに従うしかない。
その選択の結果が冬郷を、いや家族を傷つけない事を願わずにはいられない。
「冬郷はきっと朱点童子打倒を達成してくれる。その力はある。俺はそう信じている。だからこそ、慢心せずに十分に準備を整えて向かうべきだと思う」
「……はい」
「茜葎はああいった性格だが、一族の理念に対しては協力的だ。先々月の相翼院での判断は、確かに子供云々もあるだろうが、冬郷の育成を考えて非効率だと判断した敵に対して隊長狙いな進言を行ったのではないかと俺は思っている。現に一部の戦闘については一掃の手助けに入っていたのだろう?」
「そう言われてみれば、確かに……」
冬郷が逢瀬から目を逸らし、頬を赤らめる。
その反応を微笑ましく思いながら、逢瀬は言葉を続けた。
「信念は異なっているかもしれないが、互いに尊重し合い、可能な部分で協力しあえばいい。冬郷も茜葎に譲歩出来る所があるのであれば考えてみて欲しい」
「……判りました、善処します」
善処するとは言ってくれたが、まだ今の冬郷には逢瀬の望むような譲歩は難しいだろう。
でも少しづつでも理解して、行動に移してくれるようになればいい、そう逢瀬は願う。
いや、そうあってくれなければならない。そうでなければ……。
『そうしないと……私達は単に戦うだけの道具でしかなくなるわ』
逢瀬の脳裏に、雪衣の言葉がよぎる。
思わず、逢瀬は顔をしかめてしまう。
「父上、どうされましたか?」
「いや、何でも無い。……そうだ冬郷、折角道場に居るんだ。共に訓練しないか?」
「はいっ! 是非ご一緒させて下さいっ!!」
今まで不貞腐れ落ち込んでいた子は、今はもう満面の笑顔に変わっている。
壁に掛けられている訓練用の武具へと駆け出す冬郷の背を、逢瀬は眩しくも、少し苦々しくも思いつつ、ゆっくりと追っていった。
……俺は力が欲しかった。
力があれば、どんな問題も解決出来る、そう思っていた。
しかし、それは間違っていたのだろうか……。
逢瀬と冬郷の親子話。
同時に逢瀬が求め続けている力に対する迷いについて書いてみました。
冬郷は「信条:初志貫徹」と言う特徴から、朱点童子打倒に傾倒している状態です。
まだ若年者で周囲がそれ程見えていない状態。それなのに、なまじ相翼院や大江山で活躍してしまっているので、少々暴走している部分が見受けられます。
そして、先月の相翼院討伐時に茜葎も苦言していましたが、冬郷の大きな欠点として「空気が読めない」と言うのがあります。
自分の考えに固執して周囲の状況を顧みない冬郷の欠点は、今後の懸念材料の一つだよなと思います。
父親の逢瀬はそんな冬郷の様子がよく見えているからこそ、自分が今まで歩んできた道に疑問を抱き始めています。
逢瀬は冬郷を「戦いの道具」にしようとなど思ってはいない事は明白ですが、自分の無知から息子がその方向へ進んでいる事に今まで気付かなかったと言うのは、逢瀬からすれば大きな落ち度に思えるでしょう。
とは言え冬郷はまだ3ヶ月。今からでも十分軌道修正が可能だと思うので、きっと逢瀬は何かしらの行動に出てくれるかと思います。
それに、今回は出てこなかった初瀬も、黙ってこの状況を見てる訳がないと思いますし。
それにしても、冬郷が本格的に動き出した事で、雪衣達の世代がどんな感じなのか見えるようになってきましたね。
近すぎず遠すぎずな距離感で、三人三様見てる方向や信念が全然違う。
崩れそうで崩れない関係性は、親子や兄弟とはまた違った、従兄弟同士の感覚と言った所でしょうか。
この三人が紡ぐ未来も楽しみですね。